金価格が歴史的な高値圏で推移するなか、中国が金市場での影響力拡大に本腰を入れています。産出量・消費量ともに世界最大でありながら、価格決定の主導権はロンドンやニューヨークにあるという構図が続いてきました。いま中国は、その「ねじれ」を解消しようとしています。
香港を軸とする取引インフラの整備、金鉱会社の海外展開、そして中央銀行による金保有の積み増し。これらは個別の動きに見えて、実は一つの戦略としてつながっています。本稿では、その全体像を整理します。
香港を国際金取引センターへ――清算機関設立の意味
中国は2026年をめどに、香港を金の国際取引センターとする構想を本格始動させています。香港政府は100%出資の清算機関「香港貴金属中央結算系統」を設立し、年内の試験稼働を目指しています。さらに、3年以内に金の保管容量を2000トン超へ拡大する計画です。
ここで重要なのは「中央清算機関」という点です。
世界最大の現物取引市場はロンドンですが、ロンドン市場では中央清算機関を介さない相対取引が中心です。清算・受け渡し・保管は、民間金融機関や会員が担っています。ロンドン地金市場協会(LBMA)によれば、ロンドンの金庫には9000トン超の金が保管されています。世界の金価格は、ロンドン現物価格やニューヨーク先物価格が基準となっています。
これに対し、中国は当局主導で取引・決済・保管のインフラを整備し、価格形成における影響力を高めようとしています。上海黄金交易所と香港市場を連携させ、本土の需要と海外投資家を結びつける狙いです。
香港が現物取引の中心として機能すれば、アジアの実需家にとっては輸送コストや時間の面で利便性が高まります。ロンドンで受け渡しを行うよりも、アジア圏内で完結する方が合理的だからです。
金鉱大手の海外展開――資本市場と国家戦略
取引インフラの整備と並行して、中国の金鉱企業も積極的に海外権益を確保しています。
代表例が、紫金鉱業集団です。同社の海外部門はカナダの金鉱大手を約55億カナダドルで買収すると発表し、アフリカの金採掘プロジェクトを取り込む方針を示しました。
また、民営金鉱大手の赤峰吉隆黄金鉱業も香港市場で資金を調達し、ラオスやガーナなど海外での採掘を拡大しています。
ここで注目すべきは、香港株式市場の存在です。
金価格上昇を背景に、香港に上場する中国系金鉱株は大きく上昇しています。株価上昇は増資などによる資金調達を有利にし、その資金がさらに海外権益の取得に回るという好循環が生まれます。
国家主導の市場インフラ整備と、企業による海外資源確保が同時進行している点に、中国の戦略性が表れています。
地政学と金――「自国で持つ」動きの広がり
この動きの背景には、地政学的な緊張があります。
ロシアのウクライナ侵攻後、西側に保有されていたロシア資産が凍結されたことは、新興国に大きな衝撃を与えました。外貨準備を外国に依存することのリスクが顕在化したためです。
その結果、「金を自国で保有する」動きが広がっています。
中国人民銀行は15カ月連続で金保有を増やしました。外貨準備における米国債比率を下げ、金の比率を高める方向です。金は発行体リスクのない実物資産であり、制裁リスクへの備えとして機能します。
中国が自国内での取引・保管体制を強化することは、単なる市場育成策ではなく、金融安全保障の観点からも意味を持っています。
金価格への影響――中長期的な下支え要因
中国は世界最大の金消費国であり、生産国でもあります。その中国が
・中央銀行として金を買い増す
・国家主導で取引インフラを整備する
・企業が海外鉱山権益を拡大する
という三位一体の動きを進めています。
これは需給の観点からみれば、金価格の下支え要因となります。特に中央銀行の継続的な購入は、短期的な投機とは異なり、構造的な需要といえます。
現在の金価格は歴史的高値圏にありますが、中国の戦略が継続する限り、価格の基礎体力は強化される可能性があります。
結論
中国の金戦略は、単なる市場拡大策ではありません。
香港を国際金取引センターとする構想、金鉱企業の海外展開、中央銀行による金保有の積み増しは、いずれも「価格決定力」と「金融安全保障」を高めるための一連の動きと位置づけられます。
これまでロンドンやニューヨークが担ってきた価格形成の中心に、アジアがどこまで食い込めるのか。金市場の構図は、地政学とともに変化する可能性があります。
金は単なる投資商品ではなく、国家戦略の一部として再評価されているのです。
参考
日本経済新聞「中国、ゴールド覇権に挑む」2026年2月25日朝刊
ロンドン地金市場協会(LBMA)公表資料
中国人民銀行 公表統計資料

