令和5年度税制改正で創設された「極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置」は、超高額所得者に対する実効税率の下限設定という新しい枠組みです。令和9年分からは控除額引下げと税率引上げが予定され、対象者は数百人規模から数千人規模へ拡大すると見込まれています。
この制度は単独で存在しているわけではありません。近年、繰り返し議論されてきた「金融所得課税の一体化」とどのように接続するのかという視点が重要になります。本稿では、その政策的な位置付けと今後の展望を整理します。
金融所得課税一体化とは何か
日本の金融所得課税は、現在、基本的に分離課税方式が採られています。
- 上場株式等の譲渡所得
- 上場株式等の配当所得
これらは20.315%の比例税率で課税され、給与所得などの総合課税とは切り離されています。
その結果、高額所得者であっても、所得構成の多くを金融所得が占めている場合、全体の実効税率が相対的に低くなることがあります。この点が「金融所得優遇」として問題視され、金融所得を他の所得と合算して課税すべきではないかという議論が、いわゆる金融所得課税一体化です。
本措置は一体化の“代替措置”なのか
極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置は、形式上は金融所得課税の仕組みを変更していません。分離課税そのものは維持されています。
しかし実質的には、超高所得者に対して実効税率の下限を設定することにより、「金融所得中心で税率が低く抑えられる構造」を部分的に修正する効果を持っています。
この意味で、本措置は金融所得課税一体化を全面的に実施する代わりに、限定的に補正する制度とも位置付けられます。
政策的には、
- 金融市場への過度な影響を避ける
- NISAなどの投資促進政策との整合性を保つ
- 急激な制度変更を回避する
といった配慮のもとで設計された折衷案と見ることもできます。
令和9年改正が示す方向性
令和8年度税制改正大綱では、
- 特別控除額の大幅引下げ
- 税率の引上げ
が盛り込まれました。
これは、本措置を象徴的な制度から、実効性のある政策手段へと強化する動きといえます。対象者が数千人規模に拡大すれば、事実上、超富裕層への追加的な金融所得課税強化という側面が明確になります。
金融所得課税一体化が政治的に実現困難である場合、本措置を通じて段階的に負担を調整するという政策選択が続く可能性もあります。
NISA政策との整合性
一方で、日本は投資促進政策を強化しています。新NISAは恒久化され、非課税投資枠も拡充されました。
投資を促進する政策と、金融所得に対する負担強化は、一見すると矛盾します。しかし対象層が大きく異なります。
- NISA:中間層・若年層の資産形成支援
- 本措置:超高所得層への負担調整
この線引きを維持する限り、制度間の整合性は一定程度保たれます。ただし、今後金融所得課税一体化が進めば、NISA制度の位置付けも再整理が必要になる可能性があります。
実務的な視点
本措置の強化は、次のような実務的影響をもたらします。
- 配当・譲渡所得の申告方針の再検討
- 所得分散のあり方の見直し
- 海外資産との関係整理
- ファミリーガバナンスの再構築
特に、申告不要制度が利用できない点や、確定申告書等作成コーナーが利用できない点は、実務対応のハードルを上げる要素です。
対象者拡大により、税務実務における重要テーマとなる可能性があります。
結論
極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置は、金融所得課税一体化を全面実施することなく、限定的に実効税率を補正する制度です。
令和9年分からの改正は、この制度を強化し、超富裕層に対する追加的負担を明確化する方向性を示しています。
今後、金融所得課税一体化の議論が本格化するか、それとも本措置の拡張によって段階的調整が続くのかは、税制全体の方向性を左右する重要な論点です。
金融所得課税の将来像を読み解くうえで、本措置は単なる付随的制度ではなく、政策の試金石といえるでしょう。
参考
税のしるべ「極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の適用がある場合の申告書等の記載例を公表」2026年2月23日
自由民主党「令和8年度税制改正大綱」2025年12月公表
財務省「金融所得課税のあり方に関する資料」近年公表資料
