1000万円まで贈与税がかからない。
これだけを聞けば、多くの人が利用しそうな制度に思えます。
ところが、結婚子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税制度は、2025年度の利用が219件にとどまりました。
なぜ大きな非課税枠があるのに利用が広がらないのでしょうか。
理由の一つは、この制度が単純に1000万円まで自由に贈与できる仕組みではないことです。
使える目的が限定され、金融機関を通じた手続きや支出を証明するための書類管理なども必要になります。
税制優遇は、非課税額の大きさだけでは利用されません。
利用者にとっての使いやすさも重要なのです。
1000万円非課税でも自由に使えるわけではない
この制度では、父母や祖父母などの直系尊属から結婚や子育てのための資金をまとめて贈与された場合、一定の条件のもとで1000万円まで贈与税を非課税にできます。
ただし、受け取った1000万円を何に使ってもよいわけではありません。
制度の対象となる結婚や子育てに関する一定の費用に使う必要があります。
例えば1000万円を受け取った後、そのお金を自由に投資へ回したり、制度の対象外となる買い物に使ったりできる非課税制度ではありません。
大きな非課税枠と引き換えに、資金用途が限定されています。
この制約が制度の使い勝手に影響します。
資金用途が限定される理由
なぜ使い道を限定するのでしょうか。
制度には結婚や子育てを支援するという政策目的があるからです。
もし1000万円まで使途自由で非課税にすれば、結婚や子育てとは関係のない単純な財産移転にも利用できます。
それでは政策目的を持った税制優遇ではなく、幅広い贈与税の減税になってしまいます。
そこで対象となる支出を限定し、
本当に結婚のために使ったのか
本当に子育てのために使ったのか
を確認する仕組みが必要になります。
政策目的を明確にするほど、利用者にとっては自由度が低くなるという関係があります。
将来何に使うかを事前に決めにくい
結婚や子育てに必要なお金は、最初からすべて予測できるとは限りません。
いつ結婚するのか。
子どもを持つのか。
どのような子育てサービスを利用するのか。
家族の状況によって変わります。
1000万円というまとまった資金を一括して贈与しても、将来その全額を制度の対象となる支出に使うとは限りません。
資金を渡す側から見ても、必要額が分からない段階で大きなお金をまとめて移す必要があるのかという問題があります。
大きな非課税枠があっても、その枠を使い切るだけの資金需要があるとは限らないのです。
金融機関を通じた手続きが必要になる
通常の現金贈与なら、贈与する人から受け取る人へ資金を移すこと自体は難しくありません。
一方、結婚子育て資金の一括贈与非課税制度では、金融機関が重要な役割を担います。
これは非課税となる資金を適切に管理するためです。
制度を利用するためには所定の手続きを行い、対象となる資金を管理する必要があります。
つまり祖父母が孫の普通預金口座へ1000万円を振り込み、
これは結婚子育て資金だから非課税です
と家族の間で決めるだけでは制度を利用できません。
税制優遇を受けるための正式な手続きが必要になります。
領収書などを管理する必要がある
制度利用後も手続きがあります。
非課税資金を何に使ったかを確認する必要があるからです。
結婚や子育てに関する支出をした場合、その支出が制度の対象となることを示すため、領収書などの書類が重要になります。
通常の生活では、すべての支出について税制上の証拠書類を意識して管理するとは限りません。
しかし、この制度を利用すると、
支出が対象になるか確認する
領収書などを受け取る
必要な書類を管理する
金融機関への手続きを行う
といった作業が発生します。
税金が安くなるメリットと、こうした事務負担を比較する必要があります。
少額の支出を繰り返す子育てと相性が難しい
結婚費用にはまとまった支出が発生することがあります。
一方、子育て費用は長期間にわたり少しずつ発生するものも多くあります。
一度に大きなお金を使うとは限りません。
日々さまざまな支出が発生する中で、それぞれが制度の対象になるか確認し、必要な書類を管理することは利用者にとって負担になる場合があります。
一括して大きな資金を贈与する制度と、長期間にわたり細かな支出が続く子育てとの間に使い勝手のずれが生じる可能性があります。
普通の生活費援助でも非課税になる場合がある
利用が広がりにくいもう一つの理由として、親や祖父母による家族への援助には、この特例を使わなくても贈与税がかからない場合があることが挙げられます。
扶養義務者から生活費などとして渡される財産のうち、通常必要と認められる範囲を必要な都度渡す場合には、贈与税が課税されないことがあります。
例えば親が子どもの通常必要な生活費をその都度負担する場合です。
こうした資金援助まで、必ず結婚子育て資金の一括贈与制度を利用しなければならないわけではありません。
まとまった資金を一括贈与する必要がなければ、通常の生活費援助で十分という家庭もあります。
必要な都度渡す方法との違い
ここで重要なのが一括贈与と必要な都度の援助の違いです。
必要な生活費として100万円が必要になったときに100万円を負担する。
これは実際の支出と資金援助が対応しています。
一方、今後何年もかけて必要になる生活費として1000万円を先にまとめて渡し、その大部分が預金として残る場合は同じようには考えられません。
将来分をまとめて贈与するからこそ、特別な非課税制度に意味があります。
しかし、家族から見れば、
必要になるたびに援助すればよい
という選択肢もあります。
その場合、一括贈与制度を利用する必要性は小さくなります。
年間110万円の基礎控除という選択肢もある
贈与税の暦年課税には年間110万円の基礎控除があります。
結婚子育て資金の一括贈与とは別の仕組みです。
一度に大きな資金を移す必要がなければ、通常の贈与税制度の範囲で資金を渡すことを検討する家庭もあるでしょう。
もちろん税務上の取り扱いは個別の状況によって異なり、単純に毎年110万円を渡せばすべて問題がないという意味ではありません。
重要なのは、家族間で資金を移す方法が一括贈与制度だけではないことです。
複数の方法が存在するため、手続きの複雑な制度をあえて選ばない人も出てきます。
非課税額の大きさと制度の魅力は同じではない
税制優遇を見るときには、非課税限度額の大きさが注目されがちです。
100万円より1000万円の方が有利に見えます。
しかし、本当に重要なのは実際に利用できる金額です。
1000万円の非課税枠があっても、対象となる支出が300万円しかなければ、残りの枠には実質的な意味がありません。
さらに手続きに時間や手間がかかれば、税負担の軽減額との比較が必要になります。
制度上の最大メリットと、実際の利用者が受けるメリットは違うのです。
2025年度の利用は219件にとどまった
参考記事によると、この税制優遇の2025年度の利用は219件でした。
全国を対象とする制度として見ると、非常に限定的な利用状況です。
こども家庭庁は、利用が少ない背景として用途が限られていることや手続きが複雑であることなどを挙げています。
制度が存在していても、対象となる人がほとんど利用しなければ政策効果は限定されます。
そこで今回、こども家庭庁は税制改正要望で制度の廃止を求めました。
税制優遇にも費用対効果が問われる
税制優遇は補助金とは形が違います。
政府が利用者へ現金を振り込むわけではありません。
その代わり、本来課税される税金を一定の条件で軽減します。
このため税制優遇についても政策としての効果を検証する必要があります。
どれだけの人が利用したのか。
どれだけ結婚や子育てを後押ししたのか。
制度を維持するための事務負担はどの程度か。
他の政策に財源や行政資源を振り向けた方が効果的ではないか。
こうした視点が必要です。
利用が少ない制度を残すことが支援とは限らない
子育て支援を充実させるというと、新しい制度を追加することが注目されます。
しかし、制度の数を増やせば支援が充実するとは限りません。
ほとんど利用されない制度が多数残れば、利用者にとって制度全体が複雑になる可能性があります。
行政側にも制度を維持するための事務が発生します。
効果の小さい制度を見直し、より多くの家庭が利用する政策へ資源を振り向けることも子育て政策の一つです。
今回の廃止要求は、こども政策を増やすだけでなく、利用実態を見ながら整理する動きと見ることができます。
結論
結婚子育て資金の一括贈与非課税制度は、一定の条件のもとで1000万円まで贈与税を非課税にできる大きな税制優遇です。
それでも2025年度の利用は219件にとどまりました。
理由として考えられるのが、制度の使い勝手です。
資金用途が結婚や子育てに関する一定の支出へ限定され、金融機関を通じた手続きや領収書などの管理も必要になります。
さらに、通常必要な生活費を扶養義務者が必要な都度負担する場合には、そもそもこの特例を使わなくても贈与税が課税されないことがあります。
通常の贈与税制度を利用する方法もあります。
つまり1000万円という大きな非課税枠が、そのまま利用者にとって1000万円分のメリットになるわけではありません。
税制優遇で重要なのは、枠の大きさだけではなく、実際にどれだけ利用され政策目的を達成しているかです。
利用者がほとんどいない制度を残すことと、子育て支援を充実させることは同じではありません。
制度をつくるだけでなく、利用実績を検証し、効果の低い仕組みを見直すことも政策には必要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年9月1日朝刊 贈与税優遇、廃止を要求 日本版DOGEで見直し