食料品の消費税率が8パーセントから1パーセントへ下がれば、農産物を生産する農家にもメリットがあるように見えます。
消費者が食品を買いやすくなり、需要が増える可能性があるからです。
ところが、消費税の仕組みを生産者側から見ると、必ずしも農家にとって有利になるとは限りません。
特に問題になるのが、小規模な免税事業者の農家です。
農産物を販売するときの税率が1パーセントへ下がっても、肥料、農薬、農業機械などを購入するときの税率まで1パーセントになるわけではないからです。
つまり、売る側の税率だけが大幅に下がり、買う側では高い税率が残る可能性があります。
政府が食料品の消費減税に合わせて農家への給付を検討しているのも、この問題があるためです。
今回は、なぜ食料品の消費税率を下げることで、一部の農家の収益がかえって圧迫される可能性があるのかを見ていきます。
農産物の売上には現在8パーセントが適用される
現在、一定の飲食料品には8パーセントの軽減税率が適用されています。
農家が販売する米、野菜、果物などの農産物も、一定の要件を満たす飲食料品であれば基本的に軽減税率の対象になります。
たとえば農家が100万円分の農産物を販売したとします。
税抜価格を100万円と単純化すると、8パーセントなら消費税相当額は8万円です。
税込価格では108万円になります。
政府が2027年4月から食料品の消費税率を1パーセントへ引き下げれば、同じ100万円の農産物にかかる消費税相当額は1万円になります。
税込価格は101万円です。
消費者や流通業者が負担する税額は大きく減ります。
農家が買うものは食料品とは限らない
一方、農家は農産物を作るためにさまざまなものを購入します。
肥料
農薬
種苗
農業用資材
農業機械
燃料
機械の修理
施設の整備
などです。
これらは農業に必要なものですが、農家が販売する米や野菜と同じ食料品ではありません。
そのため、食料品の税率が1パーセントへ引き下げられても、農業に必要な仕入れの税率がすべて1パーセントになるわけではありません。
標準税率が適用される商品やサービスであれば、10パーセントの負担が残ります。
ここに農家特有の問題が生じます。
売るときは1パーセントでも買うときは10パーセント
単純化した例で考えてみます。
農家が100万円の農産物を販売するとします。
食料品の税率が1パーセントなら、売上にかかる消費税は1万円です。
一方、農業を行うために税抜50万円の肥料や農薬、機械修理などを購入し、それらに10パーセントの税率が適用されると仮定します。
仕入れ時に負担する消費税は5万円です。
すると、
売上にかかる消費税は1万円
仕入れで負担する消費税は5万円
となります。
売る側より買う側の消費税負担の方が大きくなる可能性があるわけです。
ただし、この状況がそのまま農家の損失になるかどうかは、農家が課税事業者なのか免税事業者なのかによって大きく違います。
課税事業者なら仕入税額控除がある
課税事業者の場合には、基本的に売上にかかる消費税から仕入れにかかる消費税を差し引いて納税額を計算します。
これが仕入税額控除です。
先ほどの例で、売上税額が1万円、控除できる仕入税額が5万円だったとします。
一定の要件を満たせば、売上税額より仕入税額の方が4万円多いことになります。
課税事業者で原則課税を適用している場合には、この差額について還付につながる可能性があります。
つまり課税事業者には、売上側と仕入れ側の税率差を税の計算を通じて調整する仕組みがあります。
そのため、単に売上税率が1パーセントになっただけで、必ず4万円損をするという話ではありません。
免税事業者では事情が違う
問題が大きくなりやすいのが免税事業者です。
一定の条件を満たす小規模事業者は、原則として消費税の納税義務が免除されています。
小規模な農家にも免税事業者はいます。
免税事業者は消費税の申告納付をしない一方で、仕入れ時には消費税を含む価格を支払っています。
肥料を買えば消費税を負担します。
農業機械を買っても消費税を負担します。
しかし課税事業者のように、仕入れで負担した消費税を仕入税額控除によって精算する仕組みは基本的に利用できません。
原則として消費税の還付を受けることもできません。
そのため、仕入れ価格に含まれる消費税は事業コストの一部になります。
なぜ売上税率の低下が収益を圧迫するのか
ここで、食料品の税率が8パーセントから1パーセントになる影響を考えます。
農産物の取引価格が税率低下を反映して下がれば、販売先から農家に支払われる税込金額も低下します。
一方、農家が購入する肥料や農業機械などの税込価格は、標準税率10パーセントが維持されれば税率面では下がりません。
つまり、
販売側では税率低下の影響を受ける
仕入れ側では高い税率が残る
という非対称な状態になります。
課税事業者なら仕入税額控除や還付によって調整できる可能性があります。
しかし免税事業者には、その調整機能がありません。
そのため税率変更前と同じ利益を確保するには、農産物の税抜価格を引き上げるなど別の調整が必要になる可能性があります。
消費税相当額がそのまま農家の利益だったわけではない
ここでは注意も必要です。
現在8パーセントの税率が適用されているからといって、その8パーセントがすべて農家の利益になっていると考えるのは正確ではありません。
商品の価格は需要と供給、取引先との交渉、原材料費、市場価格など多くの要因によって決まります。
税込価格から税率だけを切り出して、その全額が農家の利益だったと単純に考えることはできません。
また、インボイス制度によって、免税事業者と取引する買い手側の仕入税額控除にも影響があります。
したがって、農家への実際の影響は取引形態によって異なります。
それでも、売上側の税率だけを大幅に下げ、仕入れ側に10パーセントが残れば、免税事業者などに負担の偏りが生じる可能性があることが今回の重要な論点です。
農業は仕入れをゼロにできない
農家にとって難しいのは、税率が高いからといって仕入れを簡単に減らせないことです。
肥料を使わなければ収穫量が減るかもしれません。
農薬が必要な作物もあります。
農業機械が故障すれば修理が必要です。
燃料も使います。
農業用施設の維持費もかかります。
つまり農産物を生産するためには、食料品ではない商品やサービスを継続的に購入する必要があります。
食料品だけ税率を大幅に下げると、生産物と生産に必要な投入物の税率差が広がることになります。
農家への給付が検討される理由
そこで政府は、農家に対する給付制度を検討しています。
小規模農家について、売上高に応じて税率変更による影響額を簡易的に計算し、給付する仕組みが想定されています。
全国農業協同組合中央会も、減収分を還付する制度を求めています。
ポイントは、農産物の価格そのものを政府が保証するという話ではないことです。
食料品の税率を1パーセントへ引き下げることで、特定の事業者に税制上の負担が偏るのであれば、その影響を別の給付制度で調整しようという考え方です。
消費者向けの減税と生産者向けの給付を組み合わせることになります。
なぜ売上高から簡易計算するのか
農家への補填額を正確に計算するのであれば、それぞれの農家について売上や仕入れを調べる方法が考えられます。
しかし、これでは制度が非常に複雑になります。
特に免税事業者は、消費税申告のために仕入税額を詳細に集計していない場合があります。
小規模農家に複雑な計算を求めれば、給付を受けるための事務負担そのものが大きくなります。
そこで売上高など分かりやすい数字を使い、影響額を簡易的に推計する方法が検討されています。
正確性と事務負担のバランスをどこで取るのかが制度設計のポイントになります。
消費者への減税だけでは政策が完結しない
食料品1パーセントへの減税は、消費者の負担軽減という点では分かりやすい政策です。
しかし食料品が消費者の手元に届くまでには、
農家
食品メーカー
卸売業者
小売業者
など多くの事業者が関わっています。
しかも、それぞれ課税事業者なのか免税事業者なのか、原則課税なのか簡易課税なのかによって税率変更の影響が異なります。
最終商品の税率だけを大きく変更すると、取引の途中にいる事業者に別の問題が生じることがあります。
農家への給付が検討されていることは、その典型例といえます。
結論
食料品の消費税率が1パーセントへ引き下げられても、農家が農業に使う肥料や農薬、農業機械などの税率まで1パーセントになるわけではありません。
農産物を売るときには1パーセントでも、農業資材を買うときには10パーセントという税率差が生じる可能性があります。
課税事業者で原則課税を利用していれば、仕入税額控除や還付によって調整される場合があります。
一方、免税事業者である小規模農家は、仕入れ時に消費税を負担していても、原則として仕入税額控除や消費税還付を利用できません。
そのため、食料品の税率だけが大幅に下がることで収益が圧迫される可能性があります。
政府が農家への給付を検討しているのは、この負担を調整するためです。
食料品の消費減税は、消費者が支払う税金を減らせば終わりという政策ではありません。
農産物を作るために何を仕入れ、その仕入れに何パーセントの消費税がかかり、その農家がどのような課税方式を選択しているのかまで考える必要があります。
消費税は最終的な販売価格だけを見ると単純ですが、生産から販売までの取引全体を見ると複雑な仕組みです。
農家への影響は、食料品1パーセントという大幅な税率変更が、その複雑さを浮き彫りにする代表的な例といえます。
参考
日本経済新聞 2026年8月26日 朝刊 外食に持ち帰り導入支援 消費減税で政府検討 農家には給付金