企業のM&Aには、友好的買収と同意なき買収があります。
どちらも最終的には株式を取得して会社の経営支配権を得るという点では同じです。
大きな違いは、買収される会社の経営陣が買収に賛成しているかどうかです。
かつては敵対的買収という言葉が広く使われていました。しかし最近では、経営陣が反対しているというだけで買収そのものを敵対的と評価するのは適切ではないという考え方が広がり、同意なき買収という表現が使われるようになっています。
友好的買収と同意なき買収の違いを理解すると、M&Aにおいて経営陣と株主の立場が必ずしも同じではないことが見えてきます。
友好的買収とは何か
友好的買収とは、買収される会社の経営陣や取締役会が買収に賛同したうえで進められるM&Aです。
たとえばA社がB社を買収したいと考えたとします。
A社とB社が事前に協議し、買収価格や経営方針、従業員の処遇、ブランドの扱いなどについて話し合います。
その結果、B社の取締役会が、
この買収は企業価値の向上につながる
と判断して賛同します。
そのうえでA社がB社株主に対してTOBを実施するという流れです。
対象会社がTOBへの賛同意見を表明すれば、株主にとっても重要な判断材料になります。
買収する会社と買収される会社が協力して手続きを進められるため、M&A後の経営統合も比較的進めやすくなります。
日本企業のM&Aでは、長い間この友好的買収が中心でした。
同意なき買収とは何か
一方、同意なき買収とは、買収される会社の取締役会から事前に賛同を得ていない状態で行われる買収です。
たとえばA社がB社に買収を提案したものの、B社の取締役会が反対したとします。
それでもA社がB社の株主に直接TOBを実施し、
1株3000円で株式を買います
と呼びかけることがあります。
これが典型的な同意なき買収です。
重要なのは、対象会社の取締役会が反対しているからといって、直ちに買収できなくなるわけではないことです。
上場会社の株式を所有しているのは株主です。
株主がTOB価格や買収後の経営方針を評価して株式を売却すれば、経営陣が反対していても買収者が必要な株式を取得できる可能性があります。
つまり同意なき買収では、買収者と対象会社の経営陣の対立だけでなく、株主がどちらを支持するのかが重要になります。
敵対的買収とは何が違うのか
以前は対象会社の経営陣が反対する買収について、敵対的買収という表現が一般的に使われていました。
しかし敵対的という言葉には、買収そのものが悪い行為であるかのような印象があります。
実際には、経営陣が反対している買収でも、株主にとって有利な提案である可能性があります。
たとえば市場株価が2000円の会社に対して3000円でTOBが行われたとします。
現在の経営陣は、
会社の将来価値を考えれば安すぎる
と反対するかもしれません。
一方、株主の中には、
現在の株価より50パーセントも高いなら売却したい
と考える人もいるでしょう。
経営陣にとって敵対的であることと、株主にとって不利益であることは同じではありません。
このため経済産業省が2023年に策定した企業買収における行動指針では、同意なき買収という表現が用いられています。
買収の善悪を最初から決めるのではなく、その内容によって判断するという考え方です。
なぜ日本企業は友好的買収を好むのか
日本では、同意なき買収の提案が増えても、最終的には対象会社の賛同を得てからTOBに進むケースが少なくありません。
理由の一つが、買収後の経営です。
M&Aは株式を取得すれば終わりではありません。
その後、従業員、人事制度、取引先、ITシステム、店舗、ブランドなどを統合していく必要があります。
これがPMIです。
対象会社の経営陣や従業員が強く反発した状態で買収すると、PMIが難しくなる可能性があります。
さらに取引先や顧客から、
強引に会社を買収した
と受け止められれば、買収企業の評判に影響する可能性もあります。
これがレピュテーションリスクです。
日本企業が対象会社の同意を重視する背景には、買収成立後も長く続く人間関係や取引関係への配慮があります。
株主にとって友好的買収の方が有利なのか
友好的買収だから株主に有利で、同意なき買収だから不利とは限りません。
株主にとって重要なのは買収の呼び方ではなく、条件です。
TOB価格はいくらなのか。
現在の株価に対して十分なプレミアムが付いているのか。
会社を売らずに現在の経営を続けた場合、どの程度の企業価値が期待できるのか。
買収者が経営することで、さらに企業価値が高まる可能性はないのか。
こうした点を比較する必要があります。
むしろ複数の買収者が現れれば、買収価格が引き上げられる可能性もあります。
経営陣同士が合意しているという事実だけで、その買収条件が株主にとって最善だとは限らないのです。
経営陣と株主の利害が違う場合がある
同意なき買収を考えるうえで特に重要なのが、経営陣と株主の利害が必ずしも一致しないことです。
会社が買収されれば、現在の経営陣が交代する可能性があります。
そのため経営陣には、自分たちの地位を守りたいという動機が生まれることがあります。
一方、株主は企業価値や株価の向上を重視します。
非常に高い価格で買収提案が行われれば、
経営陣は反対しているが、株主としては売却したい
という状況も起こり得ます。
だからこそ取締役会には、自分たちが経営を続けたいかどうかではなく、企業価値や株主の利益を踏まえて買収提案を検討することが求められます。
同意なき買収は、この経営者と株主の関係を表面化させる仕組みでもあります。
買収の評価はその後まで見なければ分からない
M&Aの評価は、買収が友好的だったか同意なきものだったかだけでは決まりません。
本当に重要なのは買収後です。
買収によって利益が増えたのか。
従業員の待遇が改善したのか。
新しい事業が成長したのか。
企業価値が高まったのか。
株主に利益をもたらしたのか。
こうした結果まで見て初めて、M&Aの成否を評価できます。
同意なき買収でも、その後の経営改革によって会社が大きく成長することがあります。
逆に友好的に成立したM&Aでも、期待したシナジーを実現できず、多額の損失を出すことがあります。
買収時の人間関係と、買収そのものの経済合理性は分けて考える必要があります。
結論
友好的買収と同意なき買収の大きな違いは、対象会社の取締役会が買収に賛同しているかどうかです。
友好的買収では双方の経営陣が合意してM&Aを進めます。
同意なき買収では対象会社の取締役会の事前の賛同がなくても、買収者が株主に直接TOBを行うことがあります。
かつては敵対的買収という言葉が一般的でしたが、経営陣が反対していることと、その買収が企業価値を損なうことは同じではありません。
株主にとって重要なのは、友好的か同意なき買収かという名称ではなく、買収価格と将来の企業価値です。
そして経営陣には、自分たちの地位ではなく、企業価値や株主利益を踏まえて買収提案を判断することが求められます。
M&Aを経営者同士の結婚と考えるだけでは、現代の企業買収を十分に理解できません。
株式会社の所有者である株主が会社の将来をどう判断するのか。
同意なき買収が増える時代には、その視点がこれまで以上に重要になっています。
参考
日本経済新聞 2026年8月24日朝刊 農耕民族のM&A 及び腰の同意なき買収