AIやサイバーセキュリティーなどの高度専門人材について、市場価値に合わせて高い給与を支払う企業が増えています。
30代でも部長級の年収を得たり、高度な専門性が認められれば年収2000万円を超えたりする仕組みも登場しています。
しかし、ここで見落としやすい点があります。
高い専門性や大きな職務を理由として高い給与を支払うのであれば、その専門性や職務が変化したときには給与も変わる可能性があるということです。
これが専門職における降格の問題です。
年功型賃金では、一度上がった給与は比較的下がりにくい傾向がありました。
一方、ジョブ型や高度専門職制度では、現在担当している仕事や専門性の価値に応じて処遇を決めるため、上がる可能性が大きい代わりに下がる可能性もあります。
専門職の降格とは何か
一般に降格というと、
部長から課長になる
課長から一般社員になる
といった役職の低下を想像しやすいでしょう。
しかし専門職制度では、必ずしも役職だけが問題になるわけではありません。
専門職には専門性や職務の大きさに応じて等級が設けられることがあります。
例えば、
上級専門職
主席専門職
最高専門職
といった段階です。
最上位の専門職から一つ下の専門職へ変更されれば、管理職の肩書が変わらなくても実質的な降格となる場合があります。
つまり専門職では、役職ではなく専門職としての等級が下がることがあるわけです。
ジョブグレードとは何か
ジョブ型の人事制度を理解するうえで重要になるのがジョブグレードです。
ジョブグレードとは、担当する職務の大きさや難易度、責任などを評価して仕事を等級に分類する考え方です。
例えば非常に単純化すると、
グレード5は年収800万円から1000万円
グレード6は年収1000万円から1300万円
グレード7は年収1300万円から1700万円
グレード8は年収1700万円から2200万円
というように、職務の等級ごとに給与の範囲を設定することが考えられます。
重要なのは、年齢ではなく仕事にグレードが付いていることです。
40歳だからグレード7になるわけではありません。
グレード7に相当する仕事を担当しているから、その処遇になるという考え方です。
職務が小さくなればグレードも下がる可能性がある
ジョブグレードを基準として給与を決める場合、担当する職務が変わればグレードも変わる可能性があります。
例えば、あるAI専門家が会社全体のAI戦略を担当していたとします。
複数の大型プロジェクトを技術面から統括し、会社の経営戦略にも影響する重要な役割です。
そのため最上位クラスのジョブグレードに認定され、年収2000万円を受け取っていたとします。
ところが組織再編によって担当範囲が縮小し、一つのプロジェクトだけを担当するようになったとします。
本人の能力が突然低下したわけではありません。
しかし担当する職務の大きさは小さくなっています。
仕事の価値によって給与を決める制度なら、ジョブグレードが下がる可能性が出てきます。
本人の能力が落ちなくても降格することがある
ここが年功型賃金との大きな違いです。
降格というと、
仕事ができなくなった
評価が悪かった
問題を起こした
というイメージがあります。
しかしジョブ型では、本人に問題がなくてもグレードが下がることがあります。
会社の事業戦略が変わり、その人が担当していた事業が縮小する場合もあります。
新しい技術が登場して、これまで重要だった専門分野の価値が低下する場合もあります。
組織再編によって責任範囲が小さくなることもあります。
ジョブ型では人そのものではなく職務の価値を評価するため、本人の能力だけで処遇が決まるわけではありません。
専門性の市場価値も変化する
高度専門人材の場合、もう一つ重要になるのが市場価値です。
専門人材の市場価格は一定ではありません。
特にAIやITの世界では技術の変化が非常に速く進みます。
数年前には極めて希少だった技術でも、技術が普及して扱える人が増えれば希少性は低下します。
反対に、新しいAI技術が登場して、それを扱える人がほとんどいなければ市場価値は急上昇する可能性があります。
高度専門人材を市場価値によって処遇するということは、市場価値が上がったときだけを反映する仕組みではありません。
理論上は、市場価値が下がった場合も処遇を見直すという考え方につながります。
降格するとすぐ減給されるのか
ここは注意が必要です。
専門職の等級が下がったからといって、企業が自由に給与を大幅に引き下げられるわけではありません。
賃金は労働者にとって非常に重要な労働条件です。
そのため、どのような場合に等級が変更されるのか、等級変更によって給与がどう変わるのかなどを、就業規則や給与規定などで明確にしておくことが重要になります。
高度専門人材を採用するときに、
市場価値が高いから特別に高い給料を払います
という部分だけを制度化しても十分ではありません。
役割が変わった場合にどうするのか。
専門職認定から外れた場合にどうするのか。
給与を変更する場合にどのような手続きを取るのか。
こうした出口のルールまで設計しておく必要があります。
高い基本給ほど下げるのが難しくなる
企業にとって難しいのが、高額報酬をどのような形で支払うかです。
例えば高度専門人材を採用するため、一般社員の給与体系とは別に非常に高い基本給を設定したとします。
その後、担当職務が変わったからといって、基本給を簡単に大幅減額できるとは限りません。
そのため企業は、
基本給
職務給
専門職手当
成果報酬
などをどのように組み合わせるか慎重に設計する必要があります。
前回取り上げた固定給と変動給の問題ともつながっています。
すべてを固定給として高く設定すれば人材にとっては安心ですが、企業側は役割や成果が変わった場合の対応が難しくなります。
一方、変動部分を大きくすれば企業は調整しやすくなりますが、人材にとって報酬の安定性が低くなります。
年功型ではなぜ給料が下がりにくかったのか
従来の年功型賃金では、給与は年齢や勤続年数、能力の蓄積などと結び付いていました。
例えば40歳で基本給40万円だった社員が41歳になったからといって、基本給が35万円になることは通常想定されにくいでしょう。
勤続によって経験や能力が蓄積していくという考え方が制度の土台にあるからです。
そのため給与は階段を上るように上昇し、一度上がった給与は下がりにくい構造になりやすくなります。
ジョブ型では発想が違います。
現在担当している仕事がどの程度の価値を持つのかを重視します。
大きな仕事を担当すれば給与が上がり、小さな仕事へ移れば処遇も変わるという考え方が制度上は生まれやすくなります。
ジョブ型では上がる幅も下がる幅も大きくなる
ジョブ型や専門職制度というと、
若くても高年収になれる
というメリットが注目されます。
確かに大きな特徴です。
年功型では30代の社員が突然部長を上回る年収を得ることは難しかったでしょう。
高度専門職制度なら、専門能力や担当職務の価値によって可能になります。
しかし同じ原理を反対側から考える必要があります。
年齢に関係なく給与を上げられるということは、年齢に関係なく職務の変化によって給与が下がる可能性もあるということです。
高い上昇余地と処遇変動のリスクは表裏一体です。
降格を罰として考えない制度設計が必要になる
専門職制度では、降格という言葉の意味そのものも変わってくる可能性があります。
従来の会社では降格は人事上のマイナス評価という意味合いが強いものでした。
しかしジョブ型では、
より小さな職務へ移ったのでグレードが変わった
というだけの場合もあります。
本人に対する懲罰とは限りません。
そのため企業は、職務変更と人事評価を明確に区別する必要があります。
グレードが下がった社員を、
能力が低い社員
と社内で受け止める文化のままでは、ジョブ型制度は機能しにくくなります。
仕事が変わればグレードも変わるという考え方を、組織全体で共有する必要があります。
専門職は学び続ける必要がある
高度専門職にとって、もう一つ重要になるのが専門能力の更新です。
特にAIやサイバーセキュリティーでは、数年前の知識だけで第一線に居続けることは難しくなります。
新しい技術を学び続けなければ、市場価値が低下する可能性があります。
年功型では長く勤めること自体が経験として評価されやすい面がありました。
高度専門職では、
今何ができるのか
これから必要になる技術を持っているのか
という現在の能力がより重要になります。
高い給与を維持するためには、高い専門性も維持しなければなりません。
高度専門職はハイリスクハイリターンになる
専門職制度が本格化すると、高度専門職の会社員像は従来とはかなり違ったものになる可能性があります。
若くても市場価値が高ければ年収2000万円や3000万円を得られる。
管理職にならなくても高い給与を得られる。
大きな成果を出せばさらに報酬が増える。
その一方で、担当職務が小さくなったり専門性の希少価値が低下したりすれば、高い処遇を維持できなくなる可能性があります。
つまり年功型に比べて報酬の上限が高くなる代わりに、処遇の変動も大きくなります。
高度専門職という働き方は、会社員でありながら自分自身の市場価値を常に意識する働き方に近づいていくと考えられます。
結論
専門職の降格とは、管理職の肩書が下がることだけではなく、担当する職務の大きさや専門性、役割などの変化によって専門職としての等級やジョブグレードが下がることを意味します。
ジョブ型や高度専門職制度では、年齢や勤続年数ではなく、現在担当している仕事や専門能力の価値を基準として処遇を決めます。
そのため若くても大きな職務を担えば高い給与を得られる一方、職務が小さくなれば処遇が変わる可能性があります。
ただし企業が自由に大幅な減給をできるわけではありません。
どのような場合に等級を変更し、それが給与へどのように反映されるのかを就業規則や給与規定などで明確にすることが重要になります。
高度専門人材の時価採用が広がれば、企業は人材の市場価値が上がったときだけ時価を使うことは難しくなるでしょう。
市場価値で高い給与を支払うのであれば、その価値や役割が変化した場合の処遇についても制度化する必要があります。
若くても高年収を得られる代わりに、高い専門性を維持し続けなければならない。
高度専門職の時価処遇は、日本企業の給与を上がることを前提とした仕組みから、仕事の価値によって上下する仕組みへ変えていく可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年8月24日朝刊 高度専門人材を「時価採用」