中小企業の事業承継というと、経営者が高齢になったり亡くなったりした後に、子どもなどが会社を引き継ぐ姿を想像するかもしれません。
しかし、事業承継は必ずしも相続が発生するまで待つ必要はありません。
先代経営者が元気なうちに株式や経営権を後継者へ移し、次の世代に経営を任せる方法があります。
これが早期事業承継です。
経済産業省が検討している事業承継税制の見直しでも、早期の承継に対する税優遇を拡大することが視野に入っています。
なぜ早く会社を渡すことが企業の成長につながるのでしょうか。
早期事業承継とは先代が元気なうちに経営を渡すこと
早期事業承継という言葉に、すべての制度に共通する一つの年齢基準があるわけではありません。
基本的な考え方は、先代経営者が経営できなくなるまで待つのではなく、余力がある段階から計画的に後継者へ事業を引き継ぐことです。
事業承継には大きく二つのものがあります。
一つは経営の承継です。
代表取締役などの地位を後継者へ譲り、実際の会社経営を任せます。
もう一つは所有の承継です。
先代経営者が持っている自社株を後継者へ移します。
本格的な事業承継では、この「経営」と「所有」をどのような順番で移していくのかが重要になります。
相続による承継では時期を選べない
相続による事業承継には大きな特徴があります。
先代経営者の死亡によって承継が始まるため、その時期を自由に選べないことです。
例えば、75歳の経営者が会社を経営しており、50歳の子どもが後継者候補だったとします。
先代経営者が90歳まで経営を続ければ、子どもが本格的に会社を引き継ぐのは65歳前後になる可能性があります。
後継者自身がすでに高齢になってから経営トップになることも考えられます。
さらに突然相続が発生すると、会社経営だけでなく遺産分割や相続税の申告なども同時に進めなければなりません。
会社にとって重要な経営者交代を、死亡という予測しにくい出来事に任せることになります。
早期事業承継では、この時期を経営者自身が選ぶことができます。
生前贈与なら株式を計画的に移せる
先代経営者が元気なうちに自社株を後継者へ移す代表的な方法が生前贈与です。
例えば、先代経営者が自社株の大部分を保有している場合、その株式を後継者へ贈与します。
通常であれば、価値のある株式を無償でもらった後継者には贈与税が発生します。
会社が成長して株価が高くなっていれば、多額の贈与税になる可能性があります。
そこで一定の要件を満たす場合には、事業承継税制による贈与税の納税猶予を利用することが考えられます。
税負担を抑えながら株式を早い段階で後継者へ移せれば、経営権の移転も進めやすくなります。
若い後継者ほど長い時間軸で投資できる
早期事業承継が企業の成長につながる理由の一つが、後継者の経営期間です。
例えば45歳で会社を引き継いだ後継者と、65歳で引き継いだ後継者を比較してみます。
45歳であれば、今後20年や30年という長い時間軸で経営戦略を考えられます。
新しい工場を建設する。
最新設備へ更新する。
海外市場へ進出する。
DXを進める。
新規事業を立ち上げる。
若手社員を採用して育成する。
こうした投資には、成果が出るまで何年もかかることがあります。
長期間経営する予定の後継者ほど、将来を見据えた投資を決断しやすくなります。
高齢の経営者は大型投資に慎重になりやすい
長く会社を経営してきた先代経営者が投資に消極的になることには、合理的な理由もあります。
例えば75歳の経営者が、回収まで10年かかる1億円の設備投資を検討するとします。
自分がいつまで経営を続けるのか分からない状況では、大型投資をためらう可能性があります。
「今の設備でもまだ使える」
「次の経営者が決めればよい」
と考えることも自然です。
しかし、この状態が長く続けば設備が老朽化し、競争力が低下する可能性があります。
後継者へ早く経営を渡せば、投資判断の時間軸そのものが変わります。
後継者が自分の経営責任で長期投資を決められるようになるからです。
先代が元気なら引き継ぎ期間をつくれる
早期事業承継には、もう一つ大きなメリットがあります。
先代経営者から後継者へ経営ノウハウを直接伝えられることです。
中小企業では、経営者本人に重要な情報が集中していることがあります。
主要取引先との関係。
金融機関との交渉。
仕入先との価格交渉。
従業員それぞれの特徴。
製品に関する技術やノウハウ。
こうした情報は、決算書やマニュアルだけでは完全に引き継げません。
先代経営者が突然亡くなれば、こうした無形の経営資産が失われる可能性があります。
先代が元気なうちに後継者へ経営を移せば、数年間かけて引き継ぐことができます。
後継者が判断に迷ったときには、先代から助言を受けることもできます。
早く譲りすぎることにも注意が必要
もちろん、早ければ早いほどよいわけではありません。
後継者に十分な経営能力が身についていない段階で、すべての経営権を渡すことにはリスクがあります。
例えば後継者が会社の財務状況を十分理解していないかもしれません。
取引先との信頼関係を築けていない場合もあります。
従業員から経営者として認められていない可能性もあります。
そのため、
まず役員にする
重要部門を任せる
代表者を交代する
株式を移す
といったように、段階的に事業承継を進める方法があります。
早期事業承継で重要なのは、単に若いうちに株式を渡すことではありません。
後継者育成と経営権の移転を計画的に進めることです。
早期承継を税制で後押しする意味
今回、経済産業省は早期の事業承継について税優遇を拡大することも視野に入れています。
ここには重要な政策的な狙いがあります。
税制が相続時の負担軽減だけに重点を置いていれば、経営者は生前に会社を渡すより、相続まで株式を持ち続けるという判断をする可能性があります。
それでは経営者の高齢化が進みます。
そこで、
早く事業承継するほど税制上有利になる
という仕組みにすれば、先代経営者が元気なうちに世代交代する動機になります。
税制によって事業承継の時期そのものを早めようという考え方です。
早期承継と成長投資は相性がよい
今回の制度見直しでは、早期承継だけでなく成長投資や賃上げも重要なテーマになっています。
これらは別々の政策ではありません。
早い段階で若い後継者へ会社を渡す。
後継者が新しい設備やDXへ投資する。
生産性を高める。
会社の利益を増やす。
従業員の賃金を引き上げる。
この一連の流れを税制によって後押しすることが考えられています。
単に後継者へ株式の名義を移すだけではなく、事業承継を会社の成長戦略のスタートにするという考え方です。
相続対策だけで承継時期を決めないことが重要になる
これまで自社株の承継では、どうすれば相続税や贈与税を少なくできるかという視点が重視されがちでした。
もちろん税負担は重要です。
しかし、会社にとって最も重要なのは、その後何十年も事業を継続できるかどうかです。
税金だけを考えて承継を先送りした結果、後継者の経営開始が遅くなれば、会社の成長機会を失う可能性があります。
反対に、早く承継しすぎて後継者育成が不十分であれば、経営が不安定になる可能性があります。
したがって、
後継者の年齢
経営能力
先代経営者の年齢
自社株の評価額
会社の投資計画
事業環境
などを総合的に考え、承継時期を決める必要があります。
結論
早期事業承継とは、先代経営者が経営できなくなるまで待つのではなく、元気なうちから計画的に経営権や自社株を後継者へ移していく考え方です。
相続による承継では先代経営者の死亡によって時期が決まりますが、生前贈与などを利用すれば、会社にとって適切な時期を選んで事業承継を進めることができます。
若い後継者ほど長い時間軸で設備投資やDX、新規事業、人材育成などを考えやすくなります。
また、先代経営者が元気なうちであれば、取引先との関係や経営ノウハウなどを時間をかけて引き継ぐこともできます。
今回検討されている税制改正では、こうした早期承継への税優遇を拡大することも視野に入っています。
事業承継税制は、単に相続が起きたときの税金を軽くする制度から、経営者の世代交代そのものを早め、承継後の成長投資や賃上げにつなげる制度へ変わる可能性があります。
参考
日本経済新聞 2026年8月23日 朝刊 相続・贈与税、賃上げで免除 中小、事業承継しやすく 経産省要望へ