財形貯蓄は、かつて会社員の資産形成を代表する制度の一つでした。
給与から一定額を天引きし、本人が使ってしまう前に自動的に貯蓄する仕組みです。
ところが財形貯蓄の利用者は長期的に大きく減少しています。
一般財形、財形年金、財形住宅を合わせた契約件数は、ピークだった1989年度には1955万件ありました。
それが2025年度には約526万件まで減少しています。
ピーク時の3分の1以下です。
残高も2025年度には約12兆5000億円となり、ピークだった2000年度から約3割減少しました。
なぜ、かつて多くの会社員が利用した財形貯蓄はここまで縮小したのでしょうか。
背景には長期間の低金利、NISAやiDeCoなど新しい資産形成制度の登場、企業による財形制度の導入減少など、複数の要因があります。
今回は、財形が会社員の定番だった時代から現在までを振り返り、今回検討される制度改正によって利用者が戻る可能性があるのかを考えます。
財形は会社員の定番だった
財形貯蓄制度は1971年に一般財形から始まりました。
その後、1982年に財形年金、1988年に財形住宅が加わりました。
当時の会社員にとって、勤務先を通じて資産を形成することは現在以上に一般的でした。
給与天引きで財形貯蓄をする。
会社の社内預金を利用する。
退職時には退職金を受け取る。
こうした会社を中心とした資産形成が広く利用されていました。
財形はその代表的な制度です。
給与を受け取る前に一定額を差し引くため、本人が意識しなくても毎月貯蓄できます。
特に住宅購入などまとまった資金を準備する会社員にとって、長期間にわたる給与天引きは使いやすい仕組みでした。
1989年度には1955万件あった
財形貯蓄の契約件数は1989年度に1955万件まで増加しました。
当時の日本では、財形を利用することが会社員の資産形成方法として広く定着していたことが分かります。
財形制度は勤務先が給与から積立額を控除するため、一度契約すれば本人が毎月手続きをする必要がありません。
現在のようにスマートフォンで簡単に証券口座を開設し、投資信託を積み立てることができる時代ではありませんでした。
個人が自分で金融商品を比較しながら資産形成するよりも、勤務先を通じた制度を利用する方が手軽だったのです。
財形は「会社員になったら利用する資産形成制度」という位置付けを持っていました。
低金利で非課税メリットが薄れた
財形の魅力を低下させた大きな要因の一つが、長期間にわたる低金利です。
財形年金と財形住宅には、一定の要件を満たせば利子などが非課税になる税制優遇があります。
通常の預貯金の利子には原則として20.315%の税金がかかります。
したがって利子が多ければ、非課税になるメリットも大きくなります。
ところが金利がほぼゼロに近づくと、このメリットは非常に小さくなります。
例えば550万円を年5%で運用できれば、単純計算で年間27万5000円の利息になります。
これに対して年0.1%なら5500円です。
利子が5500円しかなければ、そこにかかる税金も千円程度です。
利子非課税という制度があっても、家計が実感できる節税効果は小さくなります。
金利ゼロに近い世界では税優遇も目立たない
財形の税制優遇は、利子が発生することを前提とした仕組みです。
そのため長期間にわたる超低金利は制度の魅力を大きく低下させました。
税率が20.315%でも、利子そのものがほとんどなければ非課税にする意味は小さくなります。
これは財形制度そのものが悪くなったというより、経済環境が制度に合わなくなったと考えることができます。
財形年金や財形住宅の非課税枠が550万円あっても、「非課税にできる利益」がほとんど発生しなかったのです。
長く続いた超低金利時代は、財形の最大の税制メリットを見えにくくしました。
NISAという新しい選択肢が登場した
その一方で、個人の資産形成を支援する新しい制度が登場しました。
代表的なのがNISAです。
NISAでは、対象となる株式や投資信託などから得られる売却益や配当、分配金などを一定の範囲で非課税にできます。
財形が主に貯蓄による利子を非課税にするのに対して、NISAは投資による利益を非課税にする制度です。
株式市場が上昇すれば、大きな値上がり益が発生する可能性があります。
例えば100万円で購入した投資信託が150万円になれば、50万円の利益です。
NISAなら一定の要件のもとで、この利益を非課税にできます。
低金利によって預貯金の利子がほとんど付かない時代には、財形よりもNISAの税制メリットが目立ちやすくなりました。
iDeCoは老後資金づくりで財形年金と競合する
老後資金の分野ではiDeCoも普及しました。
iDeCoでは掛金が全額所得控除になります。
例えば年間24万円を拠出すれば、その24万円を所得から控除して所得税や住民税を計算できます。
所得がある人にとって、積み立てた時点で税負担軽減を実感できる場合があります。
一方、財形年金には掛金そのものを所得控除する仕組みはありません。
税制優遇の中心は一定範囲の利子などを非課税にすることです。
低金利時代には、
財形年金ではほとんど利子が付かない
iDeCoなら掛金の所得控除を受けられる
という違いが目立つようになりました。
老後資金形成制度としても、財形年金の相対的な存在感は低下していきました。
個人で資産形成できる時代になった
財形が普及した時代と現在では、金融サービスへのアクセスも大きく違います。
現在ではスマートフォンから証券口座を開設できます。
投資信託を毎月100円や1000円といった少額から積み立てられるサービスもあります。
一度積立設定をすれば、その後は自動的に投資を続けることもできます。
かつて財形の大きなメリットだった「自動的に積み立てられる」という特徴を、個人でも簡単に実現できるようになりました。
給与天引きでなくても、銀行口座やクレジットカードなどを利用して積立投資を自動化できます。
資産形成の主導権が勤務先から個人へ移ってきたことも、財形利用減少の背景にあります。
導入する会社そのものが減っている
財形にはNISAやiDeCoとは異なる大きな制約があります。
勤務先が制度を導入していなければ利用できないことです。
自分が財形を利用したいと思っても、勤務先に財形制度がなければ始めることができません。
財形を導入する事業所の割合も低下しています。
2024年には28.9%となり、20年間で約26ポイント縮小しました。
つまり利用者が財形を選ばなくなっただけではありません。
財形を利用できる職場そのものが減っています。
利用者が減る。
企業側の制度利用も減る。
さらに財形の存在感が低下する。
こうした循環が起きてきた可能性があります。
大企業では今も導入率が高い
一方、財形制度が完全になくなったわけではありません。
厚生労働省によると、常時雇用者1000人以上の企業では7割が財形制度を導入しています。
大企業では現在も福利厚生制度の一つとして残っているケースが多いことが分かります。
2025年度末の財形貯蓄残高も約12兆5000億円あります。
そのうち一般財形が約9兆2000億円と7割程度を占めています。
利用者が大幅に減少したとはいえ、依然として巨額の資金が財形制度の中にあります。
そのため制度を現在の経済環境に合わせて見直す意味は小さくありません。
550万円の非課税枠も30年以上変わっていない
制度の魅力が低下した背景には、金額基準が長期間見直されなかったこともあります。
財形年金と財形住宅を合わせた元利金550万円という非課税限度額は1994年から据え置かれています。
その間に賃金や物価、住宅価格は変化しました。
特に住宅価格は大きく上昇しています。
2025年までの15年間で戸建て価格は約1.2倍、マンション価格は約2.2倍になったとされています。
住宅価格が2倍近くになっても、住宅資金形成を支援する非課税限度額が550万円のままであれば、制度の実質的な支援力は低下します。
財形の利用減少には、制度そのものが社会や経済の変化に十分追いついてこなかったという面もあります。
今回の制度改正で利用者は戻るのか
厚生労働省は、2027年度税制改正に向けて財形年金と財形住宅の非課税限度額の引き上げを検討します。
さらに、現在原則55歳未満となっている加入年齢についても引き上げを検討します。
この二つが実現すれば、財形制度は現在より利用しやすくなる可能性があります。
特に金利上昇は重要です。
金利が上昇すれば預貯金などから得られる利子が増えます。
利子が増えれば、それを非課税にできる財形のメリットも大きくなります。
超低金利時代にはほとんど意味を感じられなかった非課税制度が、「金利ある世界」では再び価値を持つ可能性があります。
それでもNISAやiDeCoとの競争は続く
もっとも、非課税限度額を引き上げれば財形が昔のように利用されるとは限りません。
現在の会社員にはNISAがあります。
老後資金ならiDeCoもあります。
銀行口座から自動積立もできます。
スマートフォンで投資信託を購入することもできます。
資産形成の選択肢が圧倒的に増えています。
さらに財形には勤務先が制度を導入していなければ利用できないという制約があります。
財形を復活させるためには、単に550万円という数字を引き上げるだけでなく、「なぜNISAやiDeCoではなく財形を使うのか」という独自のメリットを明確にする必要があります。
給与天引きという特徴は今も残る
それでも財形には現在でも独自の強みがあります。
給与天引きです。
投資や貯蓄の制度がどれほど充実しても、毎月自分で資産形成を続けられるとは限りません。
給与を受け取ると使ってしまう人もいます。
財形なら給与を受け取る前に積立額が差し引かれます。
残った金額で生活するため、資産形成を半ば強制的に継続できます。
さらに一定の要件を満たせば、財形持家融資を利用できるという住宅取得支援もあります。
財形には税制だけでは測れない特徴が残っています。
制度改正によって、こうした特徴を現在の資産形成環境の中でどこまで再評価できるかがポイントになります。
結論
財形貯蓄の契約件数は、ピークだった1989年度の1955万件から2025年度には約526万件まで減少しました。
背景には複数の要因があります。
長期間の超低金利によって利子非課税のメリットが小さくなりました。
NISAの普及によって、投資による利益を非課税で得られる制度が身近になりました。
iDeCoでは掛金所得控除を利用しながら老後資金を準備できます。
スマートフォンやインターネットを利用すれば、勤務先に頼らず個人で積立投資を自動化することもできます。
さらに財形制度を導入する事業所そのものも減少しました。
つまり財形の利用減少は、一つの原因によるものではありません。
低金利、金融サービスの進化、税制優遇制度の多様化、企業の福利厚生制度の変化が重なった結果と考えることができます。
一方、日本は長い超低金利時代から「金利ある世界」へ移りつつあります。
厚生労働省は550万円の非課税限度額や55歳未満という加入年齢の見直しを検討します。
金利が上昇し、非課税限度額も拡大すれば、財形の魅力は以前より高まる可能性があります。
ただし、NISAやiDeCoが定着した現在、昔と同じ制度に戻すだけでは利用者の大幅な回復は難しいでしょう。
財形が再び選ばれるためには、給与天引きによる先取り貯蓄や財形持家融資など、他の資産形成制度にはない特徴を現在の働き方に合わせて生かせるかが重要になります。
参考
日本経済新聞 2026年8月22日 朝刊 厚労省、財形の非課税限度額上げ インフレ対応で検討
日本経済新聞 2026年8月22日 朝刊 財形貯蓄制度とは