日本の相続制度はどのように生まれたのか 家制度から現代へ

税理士
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私たちは相続を「亡くなった人の財産を家族が受け継ぐ制度」と考えるのが当たり前になっています。

しかし、日本では昔から現在のような相続制度があったわけではありません。

実は、明治時代までの日本では「個人の財産を相続する」という考え方そのものが現在とは大きく異なっていました。

日本の相続制度は、家制度から個人中心の制度へと大きく姿を変えながら発展してきたのです。

今回は、日本の相続制度の歴史を振り返り、現在の相続法がどのように誕生したのかを分かりやすく解説します。

昔の日本は家を守ることが最優先だった

現在の相続では、亡くなった人の財産を誰が受け継ぐかが中心になります。

しかし、明治時代以前の日本では考え方が異なりました。

当時は「家」という共同体を維持することが最も重要とされていました。

財産は個人のものというより、「家」の財産という意味合いが強く、戸主が亡くなっても、家そのものが存続し、新しい戸主へ引き継がれていきました。

つまり、現代のような「個人財産を相続する」という制度ではなく、「家を承継する制度」が中心だったのです。

明治民法で近代的な相続制度が導入された

近代国家を目指した明治政府は、西洋の法制度を参考に民法を整備しました。

1898年に施行された明治民法では、個人財産制度が導入され、相続制度も法律として整備されます。

ただし、この時代の相続は「家督相続」が中心でした。

家の代表者である戸主が財産を承継し、家を維持していくことが制度の目的でした。

そのため、現在のように相続人全員で財産を分けるという考え方とは大きく異なっていました。

戦後改革で相続制度は大きく変わった

現在の相続制度の土台ができたのは、第二次世界大戦後です。

1947年、日本国憲法の施行に合わせて民法も大きく改正されました。

家制度は廃止され、家督相続もなくなります。

代わって、個人が所有する財産を家族が相続する「遺産相続」が制度の中心となりました。

この改革によって、男女平等や個人の尊厳という新しい価値観が相続法にも反映されました。

現代の相続制度は、この戦後改革によって形づくられたといえます。

相続法は社会の変化とともに進化している

戦後の制度が完成形だったわけではありません。

社会が変わるたびに、相続法も改正が繰り返されてきました。

1980年には配偶者保護などが見直され、2018年には約40年ぶりとなる大改正が行われました。

さらに2021年にも制度改正が実施されるなど、高齢化や家族形態の変化に対応するため、現在も相続法は進化を続けています。

歴史を知ると現在の制度が理解しやすくなる

なぜ配偶者の権利が強く保護されているのでしょうか。

なぜ遺言制度が重視されるのでしょうか。

なぜ遺留分という制度があるのでしょうか。

これらはすべて、日本が家制度から個人中心の社会へ移行してきた歴史と深く関係しています。

法律は突然作られるものではありません。

その時代の社会や家族のあり方を反映しながら少しずつ変化してきた結果が、現在の相続制度なのです。

歴史を知ることで、単なる法律の条文ではなく、その制度が存在する理由まで理解できるようになります。

結論

日本の相続制度は、もともと家を維持することを目的とした制度でした。

しかし、明治民法による近代化、そして戦後の家制度廃止を経て、現在の個人中心の相続制度へと大きく生まれ変わりました。

さらに、高齢化や家族構成の多様化に対応するため、相続法は現在も改正が続いています。

相続制度は、長い歴史の中で社会の変化に合わせて発展してきた法律なのです。

参考

日本税理士会連合会 令和7年度全国統一研修会「相続法概説」(早川眞一郎)

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