税理士業務の中で「本人確認」という言葉を聞くと、運転免許証のコピーを取る程度のものだと考える人もいるかもしれません。
しかし犯罪収益移転防止法における取引時確認は、単なる身分証確認ではありません。
誰が取引を行うのか。
誰が実質的な利益を得るのか。
なぜその取引を行うのか。
こうした点を確認することが求められています。
税理士にとっては日常業務の一部になりつつある重要な実務です。今回は取引時確認の基本について考えてみます。
なぜ本人確認が必要なのか
マネー・ローンダリングを行う者は、自らの正体を隠そうとします。
他人名義を利用したり、ペーパーカンパニーを設立したり、第三者を介して取引を行ったりすることがあります。
そのため犯罪収益移転防止法では、一定の取引について顧客の確認を義務付けています。
本人確認は単なる形式的な手続ではありません。
犯罪収益の流通を防ぐための最初の防波堤なのです。
取引時確認とは何を確認するのか
取引時確認では主に次の事項を確認します。
顧客本人であること
氏名や名称
住所や所在地
生年月日
法人の場合の代表者
実質的支配者
取引目的
職業や事業内容
これらを確認することで、取引の背景を把握します。
特に法人の場合は、表面上の代表者だけでなく実質的に支配している人物の確認が重要になります。
実質的支配者とは誰か
近年特に重視されているのが実質的支配者の確認です。
会社の登記簿上の代表者がいても、実際には別の人物が支配しているケースがあります。
例えば、
株式を大量保有している者
実際に経営を指示している者
資金の流れを支配している者
などです。
犯罪組織は名義人を利用することがあります。
そのため誰が本当に会社を支配しているのかを確認することが重要になります。
税理士が対象となる取引
税理士の全ての業務が対象になるわけではありません。
特に注意が必要なのは、
会社設立
組織再編
不動産取引
財産管理
財産処分
などの業務です。
これらは資産移転や資金移動と密接に関係しているため、マネロンに利用されるリスクがあります。
税務申告だけを行う場合とは異なり、慎重な対応が求められます。
本人確認を嫌がる顧客は要注意か
本人確認をお願いすると、
なぜそこまで聞くのか
税理士を信用しているのに失礼だ
そんなことまで必要なのか
と不満を示す人もいます。
しかし現在では金融機関だけでなく税理士にも法令上の義務があります。
むしろ本人確認を適切に行わない方が問題となります。
説明を受けても過度に拒否する場合には、取引の背景を慎重に確認する必要があります。
書類を取るだけでは不十分
本人確認というと書類を取得するだけだと思われがちです。
しかし本質は書類の収集ではありません。
確認した内容に不自然な点がないか。
取引の目的に合理性があるか。
説明内容に矛盾がないか。
そうした視点を持つことが重要です。
例えば設立した会社の事業内容が曖昧である場合や、資本金の出所が説明できない場合には注意が必要です。
税理士には形式だけでなく実質を見る姿勢が求められています。
本人確認は税理士自身を守る
本人確認は顧客を疑うための制度ではありません。
税理士自身を守るための制度でもあります。
もし後日、その取引が犯罪収益に関係していた場合でも、法令に従って適切な確認を行っていたことが重要になります。
記録を残し、手続を遵守していたことが自らの身を守る証拠になるのです。
その意味ではコンプライアンス対策であると同時にリスク管理でもあります。
信頼関係と本人確認は両立する
長年の顧問先だから確認は不要という考え方は危険です。
逆に適切な本人確認を行う事務所ほど、顧客からの信頼も高まります。
法令を遵守していることは事務所の品質そのものだからです。
税理士に求められているのは、顧客との信頼関係を維持しながら適切な確認を行うことです。
そのバランス感覚がこれからの時代には重要になります。
結論
取引時確認は単なる身分証確認ではなく、顧客や取引の実態を把握するための重要な手続です。税理士には本人確認だけでなく、実質的支配者や取引目的の確認も求められています。
本人確認は顧客を疑うためではなく、社会の安全を守り、税理士自身を守るための制度です。これからの税理士実務では、税務知識と同じくらいコンプライアンス意識が重要になっていくのです。
参考
警察庁刑事局組織犯罪対策部組織犯罪対策第一課犯罪収益対策室(JAFIC)
「マネー・ローンダリング対策について」講義資料
警察庁刑事局組織犯罪対策部組織犯罪対策第一課犯罪収益対策室(JAFIC)
「疑わしい取引の届出方法について」補助資料