企業の人材育成で欠かせない仕組みとして定着しているOJT(On the Job Training)が、AIの普及によって大きな転換期を迎えています。
これまでのOJTは、先輩社員が仕事を見せ、説明し、実際にやらせながら育てる方法が中心でした。しかし、人手不足が深刻化する中で、教育担当者は通常業務と新人指導を両立しなければならず、多くの企業が負担の大きさに悩んでいます。
そこへ登場したのがAIです。
AIは教育担当者の代わりになるのでしょうか。それとも教育の形を変えるだけなのでしょうか。
これからのOJTは、「AIが教える部分」と「人が育てる部分」を明確に分けることで、これまで以上に効果的な人材育成へと進化していくでしょう。
従来のOJTが抱えていた課題
OJTは実践的な教育方法として長く活用されてきました。
しかし、その成果は教育担当者の力量に大きく左右されます。
教えるのが得意な社員もいれば、経験は豊富でも教えることが苦手な社員もいます。
忙しい職場では十分な時間を確保できず、「見て覚えてほしい」という指導になってしまうことも少なくありません。
また、新人側も質問したいことがあっても、忙しそうな先輩を見ると声を掛けづらくなります。
結果として教育内容にばらつきが生まれ、人材育成の質が安定しないという課題がありました。
AIは基礎教育を担当する存在になる
AIが最も力を発揮するのは、正解がある教育です。
例えば、
仕事の基本手順
接客マナー
電話応対
契約書の説明
商品知識
コンプライアンス
こうした内容はAIが何度でも説明できます。
新人が理解できるまで繰り返し練習でき、間違えた点も客観的に指摘してくれます。
人間であれば何度も同じ説明をすることに負担を感じる場面でも、AIには疲れも感情もありません。
教育の標準化という点では非常に大きな効果があります。
OJTは「教える」から「伴走する」へ変わる
AIが基礎教育を担当するようになると、先輩社員の役割も変わります。
これまでは知識を教える時間が多くを占めていました。
しかし今後は、
仕事の考え方
判断の理由
顧客との信頼関係
失敗から学ぶ姿勢
組織で働く意義
など、AIには伝えられない内容に時間を使えるようになります。
つまりOJTは「知識を教える時間」から、「成長を支える時間」へと変化していくのです。
現場で経験することの価値は変わらない
AIが発達しても、現場経験の重要性は決して失われません。
お客様の表情から不安を感じ取ること。
商談で空気が変わる瞬間を察知すること。
予想外のトラブルに冷静に対応すること。
これらは教科書だけでは学べません。
現場で経験し、先輩から助言を受けながら身につける力です。
AIは知識を提供できますが、実際の経験を積ませることはできません。
だからこそOJTそのものはなくなるのではなく、より実践的な内容へ進化していくでしょう。
教育担当者にもAIが必要な時代
AIの恩恵を受けるのは新人だけではありません。
教育担当者もAIを活用することで、より質の高い指導ができるようになります。
新人の理解度を分析したり、苦手分野を把握したり、改善ポイントを整理したりする作業はAIが得意です。
教育担当者はその情報を基に、一人ひとりに合わせた指導を行えます。
AIは教育担当者の代役ではなく、優秀なアシスタントになるのです。
AI時代ほど人間力が問われる
企業が本当に求める人材は、知識だけを持つ人ではありません。
周囲と協力し、相手を思いやり、信頼関係を築ける人です。
こうした能力は日々の職場での関わりの中で育まれます。
新人は仕事だけでなく、社会人としての考え方や姿勢も先輩から学びます。
困ったときに相談できる上司がいること。
努力を認めてくれる先輩がいること。
失敗しても励ましてくれる仲間がいること。
これらはAIだけでは提供できない価値です。
だからこそ、人間が担うOJTの役割は今後さらに重要になるでしょう。
税理士にも共通する変化
この流れは税理士業界にも当てはまります。
税法や制度の説明はAIが得意になります。
しかし、経営者の悩みを聞き、会社の将来を一緒に考え、最適な選択肢を提案することは人間だからこそできる仕事です。
また、顧問先の若手社員を育てるための仕組みづくりや業務マニュアルの整備、人材育成制度の構築なども、今後は税理士が提供できる新たな付加価値になるでしょう。
AIを活用した企業教育を支援できる専門家ほど、経営者から必要とされる時代が訪れると考えられます。
結論
AIはOJTをなくすのではなく、進化させます。
基礎知識や定型業務はAIが担当し、人間は経験や価値観、人間関係を育てる役割へと重点を移していくでしょう。
これからのOJTは、「仕事を教える場」ではなく、「人を育てる場」としての意味を一層強めていきます。
企業がAIを導入する目的は、人を減らすことではありません。
人間にしかできない教育に時間を使える環境をつくることです。
AIと人間がそれぞれの強みを生かして協力する企業ほど、人材が育ち、組織も持続的に成長していく時代になるでしょう。
参考
日本経済新聞(2026年6月26日 朝刊)
新入社員、AIで接客練習 イドムは契約やローン審査研修に 指導内容ばらつき防ぐ