最低賃金の引き上げや人手不足の深刻化により、多くの中小企業が人件費の上昇に直面しています。かつては原材料費や家賃が経営課題でしたが、現在は人件費が最大のコスト要因となりつつあります。
しかし、人件費の上昇そのものが問題なのではありません。本当の問題は、人件費の上昇に対応できる経営体質を作れていないことです。
その意味で、税理士に求められる役割も変わってきています。決算書を作るだけではなく、人件費高騰時代を乗り切る経営参謀としての支援が期待されているのです。
人件費は今後も上がり続ける
経営者の中には「景気が悪くなれば人件費は落ち着くだろう」と考える人もいます。
しかし現実は逆です。
日本は少子高齢化によって生産年齢人口が減少しています。働く人が減れば、賃金は上昇します。
さらに最低賃金は政府目標として全国平均1,500円が視野に入っています。
つまり人件費の上昇は一時的な現象ではなく、構造的な変化なのです。
税理士はまず顧問先に対し、「人件費は下がるものではなく上がるもの」という前提を理解してもらう必要があります。
利益率の低い仕事を見直す
人件費が上がると最初に影響を受けるのは利益率の低い仕事です。
売上はあっても利益が残らない仕事を続けていると、人件費の上昇によって赤字化する可能性があります。
例えば、
・手間ばかりかかる小口取引
・値上げできない古い契約
・特定顧客への過剰サービス
などです。
税理士は部門別損益や取引先別採算を分析し、「何をやめるべきか」を提案する必要があります。
これからの経営では、売上を増やすこと以上に、不採算事業を減らすことが重要になる場合もあります。
価格転嫁を支援する
多くの中小企業が値上げを苦手としています。
しかし人件費が上がる以上、価格転嫁は避けて通れません。
実際には、
「値上げしたら取引先を失うのではないか」
という不安から、値上げを先送りしている企業が少なくありません。
税理士は、
・原価上昇率の分析
・適正利益率の算定
・価格改定シミュレーション
などを通じて、値上げの根拠を示すことができます。
数字に基づく説明は経営者の意思決定を後押しします。
DX投資を後押しする
人件費上昇への最も有効な対策は生産性向上です。
少ない人数で同じ成果を出せる仕組みを作ることが重要になります。
例えば、
・クラウド会計
・請求書電子化
・給与計算システム
・AI活用
・RPA導入
などです。
かつては「人を増やす」ことが成長戦略でした。
しかし今後は「人を増やさずに売上を伸ばす」ことが求められます。
税理士は補助金や税制優遇制度も活用しながら、DX投資を提案できる立場にあります。
人材定着を経営課題として考える
採用難の時代には、人材流出のコストが大きくなります。
従業員が一人辞めるだけでも、
・採用費
・教育費
・引継ぎコスト
・生産性低下
など多くの損失が発生します。
そのため経営者は採用だけでなく定着にも目を向けなければなりません。
税理士は財務面から、
・賞与制度
・退職金制度
・福利厚生制度
などの設計を支援できます。
給与だけではなく、働き続けたい職場づくりが重要になるのです。
経営計画を作る重要性が高まる
人件費が毎年上昇する時代には、行き当たりばったりの経営は通用しません。
3年後、5年後の人件費を予測しながら経営を考える必要があります。
例えば、
最低賃金が毎年50円上がった場合、
従業員20人の会社では年間数百万円規模の負担増になることがあります。
その影響を事前に把握しておかなければ、資金繰りに大きな問題が生じます。
税理士は将来予測を行い、経営者と一緒に数字で未来を考える役割を担うべきです。
税理士は経営参謀へ進化する
これまで税理士の役割は、
・記帳
・決算
・申告
が中心でした。
しかしAIやクラウド化によって、これらの業務は効率化が進んでいます。
その一方で需要が高まっているのが経営相談です。
人件費高騰時代には、
・利益改善
・価格戦略
・資金繰り
・DX投資
・人材戦略
について相談できる専門家が必要になります。
税理士は企業の数字を最もよく知る専門家です。
だからこそ経営参謀としての役割を果たせる可能性があります。
結論
人件費高騰は企業にとって負担ですが、それは避けられない時代の変化でもあります。
重要なのは人件費を抑えることではなく、人件費を吸収できる経営体質を作ることです。
税理士が提案すべきなのは節税だけではありません。不採算事業の見直し、価格転嫁、生産性向上、DX投資、人材定着、経営計画づくりなど、経営全体を改善する視点です。
人件費高騰時代は、税理士が単なる税務専門家から経営参謀へ進化できるかどうかが問われる時代なのです。
参考
日本経済新聞 朝刊 2026年6月24日
最低賃金、早期浸透促す 「発効遅れなら理由明示を」厚労省方針 地域間格差に歯止め