税金は誰もが負担するものですが、その負担のあり方が本当に公平なのかという議論は古くから続いています。
税制は法律によって定められていますが、その法律が憲法に違反していないかを判断するのが「違憲審査」です。しかし実際には、税法が違憲と判断されることは極めてまれです。
なぜ税法の違憲判断は難しいのでしょうか。そして私たちは税制をどのように見ていけばよいのでしょうか。
今回は、租税法の世界で有名な「大島訴訟」を手がかりに、税制の公平性と立法のあり方について考えてみたいと思います。
税法と憲法の関係
日本国憲法第14条には、法の下の平等が定められています。
当然ながら税制についても、合理的な理由なく特定の人だけを優遇したり、不利益を与えたりすることは許されません。
ところが税制の世界では、所得の種類によって計算方法が大きく異なります。
例えば事業所得では、収入から実際に支出した必要経費を差し引いて所得を計算します。
一方で給与所得者は、実際に使った経費ではなく、法律で定められた給与所得控除を差し引く仕組みになっています。
ここに不公平があるのではないかという問題提起が、長年続いてきました。
大島訴訟が問いかけたもの
この問題を真正面から争ったのが、大島訴訟です。
同志社大学教授であった大島氏は、研究活動のために多くの支出をしているにもかかわらず、給与所得者であるため実際の必要経費が十分に認められないことに疑問を持ちました。
事業所得者は実費を必要経費として控除できるのに、給与所得者は法定控除しか認められないのは平等原則に反するのではないかと主張したのです。
この問題は単なる税法論争にとどまりませんでした。
多くの勤労者が共感し、給与所得者の税負担のあり方そのものを問う社会的議論へと発展しました。
最高裁が示した考え方
昭和60年の最高裁大法廷判決は、この訴訟に対して重要な判断を示しました。
最高裁は、税制の設計には財政政策や経済政策、所得再分配政策など、多くの要素が関係すると指摘しました。
また、税制は高度な専門性を必要とするため、基本的には国会の判断を尊重すべきであるとしました。
その結果、
「立法目的が正当であり、区別の方法が著しく不合理でない限り違憲ではない」
という考え方を示し、給与所得控除制度は憲法に違反しないと結論付けました。
この判決は現在でも租税法分野における違憲審査の基本原則として位置付けられています。
税制は本当に合理的なのか
もっとも、この判決が示した考え方にも議論があります。
立法府が決めたことだからといって、常に合理的であるとは限らないからです。
実際に過去には、最高裁が合理性を認めた制度であっても、その後に制度自体が廃止された例があります。
つまり、その時点では合理的と判断された制度でも、後になって見直しが必要とされたケースが存在するのです。
税制は経済環境や社会構造の変化によって、その妥当性が大きく変わります。
ある時代には合理的だった制度が、別の時代には不合理になることもあります。
税制は決して固定されたものではなく、常に見直しの対象となる制度なのです。
税制は政治の影響を受ける
「税制は政治なり」という言葉があります。
税制は単なる技術的な仕組みではありません。
選挙、公約、業界団体、世論など、さまざまな政治的要素の影響を受けています。
特に近年は政治の不安定化が進み、長期的な合理性よりも短期的な政治判断が優先される場面も少なくありません。
減税政策や給付政策を巡る議論を見ても、その傾向は明らかです。
だからこそ私たちは、
「法律で決まっているから正しい」
と考えるのではなく、
「なぜその制度が存在するのか」
「本当に公平なのか」
という視点を持つ必要があります。
人生100年時代に必要な制度リテラシー
人生100年時代には、税制や社会保障制度との付き合いがこれまで以上に長くなります。
現役時代だけでなく、退職後も年金、医療、介護、相続、贈与など、多くの制度と関わり続けることになります。
その際に重要なのは、制度を絶対視しないことです。
制度は人間が作ったものであり、社会の変化に応じて改正され続けます。
今日の常識が明日の非常識になることもあります。
税法の条文だけでなく、その背景にある考え方や歴史を理解することが、人生後半戦の重要な知的資産になるのではないでしょうか。
結論
大島訴訟は、税制の公平性とは何かを社会に問いかけた歴史的な裁判でした。
最高裁は立法府の裁量を尊重する立場を示しましたが、それは税制が常に正しいことを意味するわけではありません。
税制は時代とともに変わり、過去に合理的とされた制度も見直されることがあります。
人生100年時代において本当に重要なのは、制度を鵜呑みにすることではなく、その背景や合理性を考える力を持つことです。
税金を学ぶことは単なる節税のためではありません。
社会の仕組みを理解し、自分自身の人生設計をより良いものにするための学びでもあるのです。
参考
税のしるべ
2026年06月01日
連載「続・傍流の正論~税相を斬る」
「第92回/最判にも疑義⑨、違憲審査Ⅱ」
弁護士・税理士 品川芳宣