「お客様は神様です」という言葉は、日本のサービス文化を象徴する言葉として長く語られてきました。
店員は顧客に丁寧に接するべきであり、企業は利用者の声に耳を傾けるべきだという考え方は、日本の高品質なサービスを支える原動力にもなりました。
しかし近年、この言葉が見直され始めています。
カスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題となり、2026年10月からはすべての企業に対して防止対策が義務付けられることになりました。
人生100年時代を迎え、人手不足が深刻化し、多様な人々が共に働く社会の中で、「お客様は神様」という考え方は今後も通用するのでしょうか。
今回はサービス社会のあり方について考えてみたいと思います。
高度成長期に生まれたサービス文化
「お客様は神様です」という言葉は、本来、歌手の三波春夫氏が芸能活動について語った言葉として知られています。
観客への感謝や敬意を表現した言葉でしたが、やがて接客業全般に広がり、日本独特のサービス文化を形成しました。
高度成長期には、
・大量生産
・大量消費
・顧客獲得競争
が進みました。
企業にとって顧客満足は最重要課題であり、他社との差別化のためにも過剰ともいえるサービスが提供されるようになりました。
その結果、日本の接客品質は世界的にも高い評価を受けるようになりました。
一方で、「顧客は常に正しい」という考え方が強まり、従業員が不当な要求にも耐えることが当然視される風土も生まれました。
サービス業を取り巻く環境変化
かつての日本は豊富な労働力に支えられていました。
しかし現在は状況が大きく変わっています。
少子高齢化により労働人口は減少し、多くの業界で人手不足が深刻化しています。
特に、
・小売業
・飲食業
・介護業
・医療機関
・物流業
では人材確保が経営課題になっています。
従業員が不足する中で、過度なサービスを維持することは容易ではありません。
企業にとって最も重要な経営資源は、商品や設備だけではなく「人」になっています。
そのため近年は、
「顧客満足」
だけでなく、
「従業員満足」
も重視されるようになりました。
従業員が安心して働ける環境がなければ、サービスそのものが維持できなくなるからです。
カスハラが問いかけるもの
近年問題となっているカスハラは、単なる迷惑行為ではありません。
そこには社会全体の価値観の変化が映し出されています。
例えば、
・長時間の謝罪要求
・土下座要求
・人格否定
・SNSでの晒し行為
・過剰な返金要求
などは、正当な苦情の範囲を超えています。
顧客には意見を述べる権利があります。
企業には改善する責任があります。
しかし、その関係は対等であるべきです。
相手の尊厳を傷つける権利まで与えられているわけではありません。
カスハラ問題は、「顧客優先社会」の限界を私たちに示しているともいえます。
神様ではなくパートナーの時代
人生100年時代には、多くの人が高齢になっても働き続ける社会が到来します。
また外国人労働者やシニア人材、障害のある方など、多様な人々がサービス提供者として活躍するようになります。
そのような社会では、
顧客が上
従業員が下
という一方的な関係は持続しません。
むしろ必要なのは、
顧客と従業員が互いを尊重する関係
です。
例えば医療現場では患者の協力がなければ適切な治療はできません。
介護現場では利用者と職員の信頼関係が重要です。
教育現場でも保護者と学校の協力が不可欠です。
サービスは一方が与え、一方が受け取るものではなく、双方が協力して作り上げるものへと変化しています。
神様ではなくパートナーの時代が始まっているのです。
シニア世代に求められる意識変化
人生後半戦を迎える私たちにも考えるべきことがあります。
長年社会で活躍してきた経験があるほど、
「昔はこうだった」
「客なのだから当然だ」
という考え方に陥りやすくなります。
しかし社会は変化しています。
自分が働く側になることもあれば、サービスを受ける側になることもあります。
定年後に地域活動へ参加したり、ボランティアや再就職を経験したりすると、サービスを提供する側の苦労も見えてきます。
人生100年時代には、
顧客の視点
だけでなく、
提供者の視点
を持つことが重要になります。
それが共生社会の第一歩です。
サービス社会の新しい価値観
これからのサービス社会では、企業も顧客も価値観の転換が求められます。
企業は従業員を守る仕組みを整える。
顧客はサービス提供者を尊重する。
従業員は専門性を高める。
それぞれが役割を果たしてこそ、質の高いサービスが維持されます。
「お客様は神様です」という考え方は、日本のサービス文化を育てた歴史的な価値観でした。
しかしこれからは、
「お客様も従業員も大切な存在です」
という考え方へ進化する必要があります。
相手を尊重することが、自分自身も尊重される社会につながるからです。
結論
人生100年時代において、「お客様は神様」という価値観はそのままでは通用しなくなりつつあります。
人手不足が進み、多様な人々が共に働く社会では、顧客と従業員のどちらか一方だけを優先する仕組みは持続しません。
これから求められるのは、顧客中心主義でも従業員中心主義でもなく、相互尊重を前提としたサービス社会です。
サービスとは相手への敬意の上に成り立つものです。
人生100年時代の豊かな社会とは、神様を求める社会ではなく、お互いを大切にできる社会なのではないでしょうか。
参考
・日本経済新聞 2026年6月10日 朝刊「カスハラ対策、企業6割『まだ』」
・日本経済新聞 2026年6月10日 朝刊「ハラスメント、表現の現場でも 被害者に聞き取り調査」