人生100年時代と言われる一方で、多くの人が避けて通れないテーマがあります。それは「人生の最期をどこで迎えるか」という問題です。
医療技術の進歩によって寿命は延びましたが、「どこで生き終えるか」は医療だけでは決まりません。本人の希望、家族の考え方、地域の医療体制など、多くの要素が関係しています。
近年は病院ではなく、自宅や介護施設で最期を迎える人が増えています。しかし、その実現には地域によって大きな差があることが明らかになっています。
今回は在宅医療の現状から、人生の終末期について考えてみたいと思います。
変わり始めた人生の最期の迎え方
かつて日本では、多くの人が病院で亡くなっていました。
高度経済成長期以降、病院での治療が当たり前となり、「最期は病院」という考え方が社会全体に定着してきました。
しかし近年、その流れが変わり始めています。
病院で亡くなる割合は減少し、自宅や介護施設で穏やかに最期を迎える人が増えています。
背景には高齢化があります。
医療で治療する病気だけではなく、老衰によって自然な経過で亡くなる方が増えているためです。
積極的な延命治療よりも、住み慣れた場所で家族に囲まれて過ごしたいという希望を持つ人も少なくありません。
人生の終末期に対する価値観そのものが変化しているのです。
多くの人は自宅で最期を迎えたいと考えている
厚生労働省の調査では、治る見込みがない場合には半数以上の人が「自宅で最期を迎えたい」と回答しています。
病院では医療的な安心感があります。
一方で、自宅には日常生活があります。
慣れ親しんだ部屋、家族との時間、好きな音楽や食事など、自分らしい生活を最後まで続けられることが大きな魅力です。
介護施設でも同様です。
本人らしい暮らしを尊重しながら、医療や介護が連携して支える体制が徐々に整備されつつあります。
人生の終わり方について、自分自身が選択する時代になってきています。
地域によって大きく異なる在宅医療体制
しかし、希望すれば誰でも自宅で最期を迎えられるわけではありません。
今回の記事では、在宅みとり率に都道府県間で5倍以上の差があることが紹介されています。
訪問診療を行う医療機関の数や、24時間対応できる体制、医師・看護師・介護職の連携体制などが地域によって異なるためです。
都市部では訪問診療が充実している一方で、地方では病院への入院が一般的という地域もあります。
つまり、「人生の最期をどこで迎えるか」は本人の希望だけではなく、住んでいる地域の医療インフラにも左右されているのです。
これは今後の日本が取り組むべき大きな課題と言えるでしょう。
家族で話し合うことの重要性
終末期医療については、多くの人が話題にすることを避けがちです。
しかし、本人の意思が分からないまま急変すると、家族は大きな判断を迫られます。
延命治療を希望するのか。
救急搬送を望むのか。
自宅で過ごしたいのか。
介護施設を希望するのか。
本人の考えを元気なうちに共有しておくことが、家族の精神的な負担を大きく減らします。
最近では「人生会議(ACP)」という考え方も普及し始めています。
人生の最終段階について家族や医療関係者と話し合うことは、決して縁起が悪いことではなく、自分らしい人生を守るための準備なのです。
税理士も終活の相談相手になる時代
税理士は相続税や財産管理の相談を受ける機会が数多くあります。
その中で、遺言書や家族信託だけではなく、終末期の希望について相談を受ける場面も今後増えていくでしょう。
医療や介護そのものは専門外ですが、相続対策や資産承継を考える際には、人生の最終段階まで見据えた提案が求められる時代になります。
人生100年時代の税理士には、お金だけでなく「人生全体」に寄り添う姿勢が求められているのかもしれません。
結論
平均寿命が延びたことで、「どう生きるか」と同じくらい「どう人生を終えるか」が重要なテーマになりました。
自宅で最期を迎えたいという希望を持つ人は多いものの、その実現には地域医療や介護体制、家族との話し合いなど、多くの準備が必要です。
元気な今だからこそ、自分の希望を家族と共有し、必要な制度や医療について知っておくことが大切です。
人生の最終章を自分らしく迎えるための準備は、終活ではなく「より良く生きるための人生設計」の一部なのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 朝刊(2026年6月28日)
最期は自宅 地域に偏り 神奈川、高知の5倍超 在宅医療なお途上(チャートは語る)