経営者に必要なのは経営知識ではなく教養なのか 企業価値創造編

経営

企業経営をめぐる議論の中で、近年ますます注目されているのが企業価値の向上です。株主からは資本効率の改善や株主還元の強化が求められ、一方で企業側は中長期的な成長投資の必要性を訴えています。

こうした対立は、単なる経営手法の違いではありません。その根底には「企業とは何のために存在するのか」「経営者は何を目指すべきなのか」という本質的な問いがあります。

経営環境の変化が激しい時代だからこそ、経営者には専門知識だけではなく、社会全体を見渡す教養が求められているのかもしれません。

企業価値とは何か

企業価値という言葉は日常的に使われていますが、その意味は決して単純ではありません。

短期的には利益や株価で測ることができます。しかし、本当の企業価値とは将来にわたって価値を生み出し続ける力を指します。

例えば研究開発への投資、人材育成、ブランドの構築、新市場への進出などは、すぐには利益にならないこともあります。しかし長期的には企業の競争力を高める重要な活動です。

経営者の役割は、目先の利益を追うことではなく、未来の価値を創り出すことにあります。

そのためには、今日の利益と未来への投資のバランスを取りながら経営判断を行わなければなりません。

なぜ株主還元と成長投資が対立するのか

企業が多額の現預金を保有していると、株主からは配当や自社株買いを求める声が強まります。

株主から見れば、使われない資金を企業が抱え続ける意味はありません。

しかし企業側は、将来の投資機会に備えて資金を確保しておきたいと考えます。

本来であれば、この対立は起こらないはずです。

経営者が魅力的な成長戦略を示し、実際に企業価値を高められるのであれば、株主は資金を返してほしいとは言いません。

むしろ「その資金を使ってもっと成長してほしい」と期待するでしょう。

問題は、企業が資金を持っていても、その使い道を明確に示せない場合です。

このとき株主は経営陣の資本配分能力に疑問を持ち、還元要求を強めることになります。

失われた30年の本質

日本経済の長期停滞についてはさまざまな原因が指摘されています。

人口減少、デフレ、円高、規制など多くの要因がありますが、企業経営という観点から見ると重要なのは価値創造力の低下です。

日本企業は優れた技術や豊富な資金を持ちながら、それを新たな成長に結び付けられない場面が少なくありませんでした。

結果として内部留保は積み上がる一方で、世界市場で圧倒的な存在感を示す企業は減少していきました。

企業が成長できなければ、従業員の賃金も上がりません。

設備投資も増えません。

株主への利益還元も限定的になります。

経済全体が停滞すると、あらゆる利害関係者が限られた利益を奪い合う構図になってしまいます。

教養が経営を左右する理由

経営者には会計や財務、マーケティングの知識が必要です。

しかし、それだけでは企業の未来を描くことはできません。

例えば次のような問いに答える必要があります。

・社会はどこへ向かうのか
・人口減少は企業に何をもたらすのか
・AIは働き方をどう変えるのか
・環境問題と経済成長は両立できるのか
・人々は何に価値を感じるのか

これらの問いに答えるためには、経済学だけでなく歴史、哲学、社会学、政治学、心理学など幅広い知識が必要です。

経営者の教養とは単なる雑学ではありません。

社会の変化を理解し、企業の進むべき方向を考えるための思考の土台なのです。

未来は過去の延長線上にはありません。

だからこそ、経営者には物事を多面的に捉える力が求められます。

善い企業とは何か

企業は利益を上げるために存在します。

しかし利益だけを追求する企業が長期的に成功するとは限りません。

顧客から支持されること。

従業員が誇りを持って働けること。

取引先との信頼関係を築くこと。

地域社会に貢献すること。

こうした活動の積み重ねが企業の持続的な成長につながります。

近年はESGやサステナビリティへの関心が高まっていますが、その本質は企業が社会の一員としてどのような価値を生み出すかという点にあります。

経営者は利益と社会的価値を対立するものとして考えるのではなく、両立させる視点を持つ必要があります。

人生100年時代の経営者に求められるもの

人生100年時代では、企業経営も長期視点が欠かせません。

四半期ごとの業績だけを見る経営ではなく、10年後、20年後の社会を見据えた経営が必要になります。

そのためには経営者自身が学び続けることが重要です。

年齢を重ねるほど経験は増えます。

しかし経験だけでは環境変化に対応できません。

経験を知識と結び付け、さらに教養へと昇華させることが求められます。

企業の未来は経営者の視野の広さによって決まります。

そして視野の広さは教養の深さによって決まると言っても過言ではないでしょう。

結論

企業価値を高めるために必要なのは、単なる経営技術ではありません。

社会がどこへ向かうのかを見通し、その中で企業が果たすべき役割を考える力です。

経営者が企業価値を創造できなければ、株主還元をめぐる対立は続き、利益の奪い合いから抜け出せません。

一方で、経営者が未来への明確なビジョンを示し、新たな価値を創り続けることができれば、株主も従業員も顧客も社会も恩恵を受けることができます。

人生100年時代において、経営者に求められる最大の資質は経営知識そのものではなく、社会全体を俯瞰して未来を構想する教養なのかもしれません。

参考

日本経済新聞 2026年6月9日 朝刊
私見卓見「経営者に必要な幅広い教養」堀内勉(100年企業戦略研究所所長)

日本経済新聞出版『読書大全』

岩波新書『教養としての世界史』

ダイヤモンド社『世界標準の経営理論』

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