「“定年”という制度はなぜ生まれたのか(労働史編)」

人生100年時代
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日本では、「60歳や65歳で会社を辞める」という人生設計が長く当たり前とされてきました。

多くの人にとって、「定年」は人生の大きな節目です。

しかし改めて考えると、不思議な制度でもあります。

なぜ人は、ある年齢になると一律に“引退”するのでしょうか。

人間の能力には個人差があります。70代でも元気に働く人がいる一方、50代で健康を崩す人もいます。それにもかかわらず、近代社会は「一定年齢で働く区切りをつける制度」を広く採用してきました。

今回は、「定年」という制度がどのように生まれ、なぜ日本社会に深く定着したのかを考えてみたいと思います。

昔の社会には“定年”がなかった

実は近代以前、多くの社会には現在のような明確な定年制度は存在していませんでした。

農業社会では、家族全体で働くことが一般的でした。

高齢者も、

  • 農作業
  • 家事
  • 子守
  • 地域活動
  • 家業の補助

などを通じて、生涯にわたって役割を持っていました。

商人や職人も同様です。

体力が落ちれば仕事量は減っても、「完全に引退する」というより、徐々に次世代へ役割を移していく形が一般的でした。

つまり本来、人間の労働は、

“年齢で一律に区切るもの”

ではなかったのです。

定年制度は“近代企業”とともに生まれた

定年制度が本格的に広がったのは、近代企業の成立以降です。

大量雇用を行う工場や官僚組織では、

  • 人事管理
  • 賃金管理
  • 昇進制度

を統一的に運営する必要がありました。

そこで重要になったのが、「年功序列」です。

若い頃は低賃金で働き、年齢とともに賃金が上がる。その代わり、長期雇用を保証する――。

これは企業にとって、

  • 人材育成しやすい
  • 組織忠誠を高めやすい
  • 労使対立を抑えやすい

というメリットがありました。

しかし、この仕組みには問題もあります。

年齢とともに賃金が上がり続ければ、高齢社員の人件費負担が重くなるのです。

そこで企業は、

「一定年齢で雇用契約を終了する」

仕組みを導入し始めました。

これが近代的な定年制度の原型です。

日本で“定年”が強く定着した理由

日本では特に、戦後の高度成長期に定年制度が広く定着しました。

背景には、日本型雇用システムがあります。

  • 終身雇用
  • 年功序列
  • 企業別組合

を組み合わせたこの仕組みでは、「会社に長く勤めること」が人生設計そのものになりました。

企業は、

  • 住宅ローン
  • 家族手当
  • 退職金
  • 企業年金

まで含めて、社員の人生を支える存在になります。

その結果、「定年」は単なる退職ではなく、

“人生の制度的な区切り”

として機能するようになったのです。

また高度成長期は、

  • 若年人口増加
  • 新卒大量採用
  • 経済成長

が続いていました。

そのため、高齢社員が引退し、若者へ世代交代することが社会全体にとって合理的でもありました。

“定年60歳”はなぜ作られたのか

現在の日本では、定年60歳以上が法律で義務付けられています。

これは1970〜80年代に、高齢者雇用安定の観点から制度化されました。

その後、

  • 65歳までの雇用確保義務
  • 継続雇用制度
  • 定年延長

などが進められています。

背景には当然、長寿化があります。

平均寿命が80歳を超える時代に、55歳や60歳で完全引退する仕組みは維持しにくくなったのです。

さらに少子高齢化によって、現役世代が減少しています。

つまり現在は、

「高齢者に引退してもらう社会」

から、

「高齢者にも働いてもらう社会」

へ転換しつつあるのです。

定年制度は“幸福”を生んだのか

定年制度には良い面もありました。

例えば、

  • 老後の余暇
  • 家族との時間
  • 趣味
  • 地域活動

など、「仕事以外の人生」を保障した側面があります。

高度成長期には、

「定年後は自由な時間を楽しむ」

こと自体が豊かさの象徴でもありました。

しかし一方で、日本では仕事中心社会が強かったため、

“会社を辞める=社会との接点を失う”

ケースも少なくありませんでした。

その結果、

  • 孤独
  • 無気力
  • 退職後うつ

などの問題も生まれています。

つまり定年制度は、

「労働から解放する制度」

であると同時に、

「役割を失わせる制度」

でもあったのです。

AI時代に“定年”は残るのか

これからAI時代に入ると、「働き方」そのものが変わる可能性があります。

例えば、

  • フリーランス化
  • 副業化
  • プロジェクト型労働
  • リモートワーク

が広がれば、「会社員として一斉に引退する」というモデルは弱まるかもしれません。

また健康寿命が延びれば、

  • 70代で働く
  • 学び直す
  • 第二のキャリアを持つ

ことも一般化する可能性があります。

一方で、肉体労働や低賃金労働では、高齢まで働き続けることが難しい人もいます。

つまり今後は、

「何歳で辞めるか」

ではなく、

「どのように働き続けるか」

のほうが重要になるのかもしれません。

“引退”とは何か

定年制度の本質は、単なる雇用ルールではありません。

それは、

  • 人生をどう区切るか
  • 老いをどう捉えるか
  • 働く意味をどう考えるか

という、社会全体の価値観とも深く関係しています。

近代社会は長く、

「若い時に働き、老後は休む」

という人生モデルを理想としてきました。

しかし人生100年時代では、このモデル自体が変わり始めています。

すると今後は、

  • 学び直し
  • 複数キャリア
  • 地域活動
  • 小規模就労

などを組み合わせた、“段階的な引退”が増えるかもしれません。

結論

「定年」という制度は、近代企業と高度成長社会が生み出した仕組みでした。

年功序列と終身雇用を前提に、世代交代を円滑に進めるために定着した制度だったのです。

しかし現在、日本は、

  • 長寿化
  • 少子高齢化
  • 人手不足
  • AI化

によって、従来の働き方そのものが変わる時代に入っています。

その結果、「定年後は完全引退」というモデルも揺らぎ始めています。

これから重要になるのは、

「何歳で辞めるか」

ではなく、

「人生後半をどう生きるか」

なのかもしれません。

定年制度の変化は、日本社会が“老い”と“働く意味”をどう再定義していくか、その問いそのものでもあるのでしょう。

参考

・内閣府「高齢社会白書」

・厚生労働省「高年齢者雇用安定法」

・日本経済新聞 朝刊 各種関連記事

・濱口桂一郎『日本の雇用と労働法』

・猪木武徳『戦後世界経済史』

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