働き方改革、人的資本経営、エンゲージメント経営――。
近年、多くの企業が「社員の主体性」を重視するようになっています。
しかし現実には、「言われたからやる」「会社の方針だから従う」という“やらされ感”が組織に広がり、疲弊している現場も少なくありません。
そのような中で注目されるのが、かつて経営破綻を経験したテーマパーク、ハウステンボスの再建に取り組んだ坂口克彦氏の経営姿勢です。
坂口氏は社員に対して、「何のために働くのかを考えてほしい」と問い続けました。
単なる精神論ではなく、「納得して動く組織」をつくることこそが再建の核心だったのです。
この記事では、ハウステンボス再建の事例をもとに、現代企業における“納得型リーダーシップ”の意味について考えてみます。
「やらされ感」が組織を弱くする理由
坂口氏がハウステンボスに赴任した当時、現場には高い離職率と低い士気が存在していました。
その原因として氏が着目したのは、「社員が自分の仕事に誇りを持てていない」という点でした。
象徴的だったのが追加料金問題です。
当時のハウステンボスでは、入場券を購入しても、観覧車やゴンドラ、人気アトラクションなどに別料金が必要でした。結果として、社員自身が「家族や友人に胸を張って勧めにくい」と感じていたのです。
ここで重要なのは、「給与が低いから士気が低かった」のではないという点です。
自分自身が納得できない商品やサービスを提供し続けることは、働く側の誇りを徐々に失わせます。
これはテーマパークだけの話ではありません。
企業でも、
- 本人が意味を理解していない営業ノルマ
- 現場が疑問を持つまま続く業務フロー
- 顧客メリットが見えない制度運用
- 「昔からそうだから」で続く慣習
などは、組織に静かな疲弊を生み出します。
「やらされ感」は、単なる不満ではなく、組織の創造性や主体性を奪う構造問題でもあるのです。
「納得」が人を自走させる
坂口氏は、追加料金廃止という大きな経営判断を行う際、自ら「減収減益なら年俸はいらない」と覚悟を示しました。
これは単なるパフォーマンスではなく、「自分も責任を負う」というメッセージだったのでしょう。
組織は、上から命令されただけでは本気で動きません。
しかし、
- なぜ必要なのか
- 誰のためなのか
- 何を実現したいのか
が共有されると、人は自発的に考え始めます。
特に印象的なのが、「光のファンタジアシティ」の導入延期の事例です。
坂口氏は完成品を見て「お客様に感動を届ける水準ではない」と判断しました。しかし一方的に中止を命じたのではなく、社員自身に体験・評価してもらいました。
その結果、社員側も「この内容では薦められない」と認識していたことが明らかになります。
つまり、経営側が現場を“説得した”というより、現場自身が“納得した”のです。
ここに大きな違いがあります。
「説得」は現代リーダーの核心になる
坂口氏は「リーダーの役割は説得だ」と語っています。
この考え方は非常に重要です。
かつての日本企業では、
- 上司の命令に従う
- 組織への忠誠を優先する
- 長時間働くことが美徳
という価値観が比較的共有されていました。
しかし現在は、
- 働く目的
- 幸福観
- キャリア観
- 家族観
- ライフスタイル
が大きく多様化しています。
その中で、「会社のために頑張れ」という抽象論だけでは人は動きません。
だからこそ、現代のリーダーには、
- 相手の価値観を理解する
- 意味を言語化する
- 共通目的を共有する
- 対話を重ねる
という“説得能力”が求められるのです。
ここでいう説得とは、力で従わせることではありません。
「相手が納得できる理由を共に探すこと」に近い概念です。
「働く意味」を失った組織は衰退する
近年、多くの企業でエンゲージメント低下が問題視されています。
背景には、
- 成果主義の強化
- 短期利益重視
- 人員削減
- DXによる効率化
- 雇用流動化
などがあります。
もちろん効率化は必要です。
しかし、効率だけを追求すると、「自分は何のために働いているのか」が見えなくなる危険があります。
坂口氏が繰り返し問い続けた「なぜ働くのか」という言葉は、実は経営そのものへの問いでもあります。
企業は単に利益を生み出す装置なのか。
それとも、人が誇りを持って社会に価値を提供する場なのか。
この違いは、長期的には組織力に大きな差を生みます。
実際、ハウステンボスでは離職率低下や顧客満足度向上という成果につながりました。
「納得して働く人」が増えることで、サービス品質そのものが変化したのです。
AI時代ほど「納得」が重要になる可能性
今後、AIや自動化が進むほど、「意味のない仕事」は急速に淘汰されていく可能性があります。
単純作業や指示待ち業務はAIに置き換わりやすいからです。
その一方で、人間に残る価値は、
- 共感
- 創造性
- 判断
- 価値観の共有
- 顧客体験の設計
など、“意味をつくる力”へ移っていきます。
つまり、AI時代の組織では、
「何をやるか」以上に
「なぜやるか」
が重要になる可能性があります。
坂口氏の経営は、単なるテーマパーク再建ではなく、「納得できる仕事」が人を動かすという本質を示していたのかもしれません。
結論
ハウステンボス再建で坂口克彦氏が重視したのは、「命令」ではなく「納得」でした。
社員に対して、
- なぜやるのか
- 誰のためなのか
- 本当に誇れる仕事か
を問い続けたことが、組織文化そのものを変えていったのです。
現代は、多様な価値観が共存する時代です。
その中でリーダーに求められるのは、「正解を押し付ける力」ではなく、「対話を通じて納得を生み出す力」なのかもしれません。
そして、「なぜ働くのか」を問い続けることは、単なる精神論ではなく、組織の持続性そのものに関わる経営課題になりつつあります。
参考
・日本経済新聞夕刊 2026年5月14日
「『なぜ働くか』問いHTB再建 長崎県立大学理事長 坂口克彦氏(上)」
・坂口克彦『納得できない仕事はするな!』2025年
・日本経済新聞「私のリーダー論」連載各記事