税法や裁判例では、しばしば「社会通念」という言葉が登場します。
例えば、
- 社会通念上相当
- 社会通念に照らし
- 社会通念上不自然
- 社会通念上合理的
といった表現です。
一見すると、「社会一般の常識」を意味しているように見えます。
しかし、ここで重要な疑問があります。
「社会通念」とは、いったい誰の常識なのでしょうか。
一般市民でしょうか。
税務署でしょうか。
裁判官でしょうか。
専門家でしょうか。
今回は、「社会通念」という曖昧で強力な概念を通じて、法解釈の本質を考えます。
法律はなぜ「社会通念」を使うのか
まず重要なのは、
法律は、すべてを数式化できない
という点です。
社会には、
- 業界慣行
- 商習慣
- 経済合理性
- 倫理感覚
- 時代背景
など、多様な事情があります。
そのため法律は、
- 著しく不当
- 相当
- 合理的
- 正当な理由
- 社会通念
などの抽象概念を使い、柔軟性を持たせています。
つまり、
「社会通念」は、法律の“余白”
なのです。
税法でも「社会通念」は多用される
税法は本来、租税法律主義に基づき、
「明確性」
が求められる分野です。
しかし実際には、
- 過大役員給与
- 同族会社行為計算否認
- 寄附金認定
- 交際費
- 実質課税
など、多くの場面で「社会通念」が使われます。
これは、
経済取引が複雑すぎて、完全定義できない
からです。
つまり税法もまた、
“常識”に依存している
のです。
しかし「常識」は人によって違う
ここで大きな問題があります。
それは、
「常識」は立場によって異なる
ということです。
例えば役員退職金を見ても、
経営者は、
「人生を賭けた成果」
と考えるかもしれません。
一方、税務署は、
「利益処分ではないか」
と見ることがあります。
さらに一般市民は、
「高すぎる」
と感じるかもしれません。
つまり、
「社会通念」は単一ではない
のです。
「社会通念」は実は“専門家常識”になりやすい
さらに重要なのは、
実際の法解釈では、“専門家共同体の常識”が強くなる
という点です。
例えば税務訴訟では、
- 税務署
- 税理士
- 裁判官
- 学者
などが議論を行います。
すると「社会通念」は次第に、
税務専門家の常識
として形成されやすくなります。
つまり、
「社会一般の感覚」
ではなく、
「専門家社会の感覚」
になっていくのです。
裁判所の「社会通念」は本当に社会一般か
裁判所もよく、
「社会通念上相当」
という表現を使います。
しかし実際には、
- 過去判例
- 学説
- 行政実務
などを踏まえて判断しています。
つまり裁判所の「社会通念」も、
法曹共同体の価値観
に影響を受けます。
ここで重要なのは、
裁判所も“社会そのもの”ではない
という点です。
時代によって「社会通念」は変わる
さらに、「社会通念」は固定的ではありません。
例えば昔は、
- 終身雇用
- 年功序列
- 長時間労働
- 男性中心雇用
などが「常識」でした。
しかし現在では、
- 多様な働き方
- 女性活躍
- 副業
- リモートワーク
などが広がっています。
つまり、
「社会通念」は時代によって変化する
のです。
税務もまた、この影響を受けます。
「社会通念」は時に“多数派圧力”になる
さらに危険なのは、
「社会通念」が“同調圧力”になる
場合です。
例えば、
- こうあるべき
- 普通はこうする
- 常識的にはこうだ
という言葉は、時に少数派を排除します。
税務でも、
- オーナー経営
- 特殊業種
- 新ビジネス
- 新しい報酬体系
などが、
「社会通念上不自然」
と扱われることがあります。
つまり「社会通念」は、
保守性を内包する概念
でもあるのです。
それでも「社会通念」が必要な理由
では、「社会通念」を廃止すべきなのでしょうか。
実際には、それも困難です。
もし法律を完全数式化すれば、
- 実態無視
- 脱法行為
- 制度硬直化
が起こりやすくなります。
そのため法律には、
「柔軟な解釈余地」
が必要なのです。
つまり「社会通念」は、
法律を現実社会に接続するための装置
でもあります。
本当に問われているのは「誰が常識を決めるのか」
結局、「社会通念」の問題は、
「誰が社会の常識を定義するのか」
という問題です。
- 行政か
- 裁判所か
- 専門家か
- 国民か
によって結論は変わります。
そして、その背後には、
- 権力
- 専門性
- 多数派価値観
- 時代背景
が存在しています。
つまり、
「社会通念」とは中立的概念ではない
のです。
結論
「社会通念」は、法律に柔軟性を与える重要な概念です。
しかし一方で、
- 誰の常識なのか
- どの時代の価値観なのか
- 専門家の論理ではないのか
という問題を常に抱えています。
特に税務では、
- 行政実務
- 判例
- 専門家感覚
が強く影響するため、
「社会通念」が“専門家通念”になる危険
もあります。
法解釈とは、単なる条文読解ではありません。
そこには、
- 社会
- 権力
- 常識
- 価値観
が深く入り込んでいるのです。
そして「社会通念」という言葉は、
「誰が社会を定義するのか」
という、極めて本質的な問題を私たちに問いかけているのです。
参考
・税のしるべ 2026年5月4日
「続・傍流の正論~税相を斬る 第89回/最判にも疑義⑥ 平均功績倍率」
・法人税法34条
・法人税法施行令70条
・最高裁昭和50年2月25日判決
・東京高裁昭和49年1月31日判決
・東京地裁昭和46年6月29日判決