相続税をめぐる議論は、常に「公平」と「成長」の間で揺れ動いてきました。資産課税としての相続税は格差是正の役割を担う一方で、経済活動への影響や制度の複雑さを理由に廃止論も根強く存在します。本稿では、相続税を廃止すべきかという制度選択について、論点を整理し検討します。
相続税廃止論の主張
相続税の廃止を主張する立場は、主に次のような論拠に基づいています。
二重課税の問題
相続財産は、すでに所得課税などを経て形成されたものであり、そこに再度課税することは二重課税であるとする考え方です。特に長期にわたり蓄積された資産については、この問題意識が強くなります。
経済成長への悪影響
相続税は資産の蓄積を抑制するため、
- 貯蓄インセンティブの低下
- 投資意欲の減退
- 企業オーナーの長期的視点の弱化
といった影響を通じて、経済成長を阻害する可能性があると指摘されます。
事業承継の阻害
中小企業においては、相続税負担が事業承継の障害となるケースがあり、
- 納税資金確保のための資産売却
- 経営の不安定化
といった問題が現実に生じています。
廃止に対する反論
一方で、相続税の廃止に対しては、強い反対論も存在します。
格差の固定化
相続税が存在しない場合、富は世代を超えて蓄積されやすくなります。その結果、
- 親の資産がそのまま子に引き継がれる
- 社会的流動性が低下する
- 機会の不平等が拡大する
といった問題が生じる可能性があります。
税収の代替問題
相続税を廃止した場合、その税収をどの税で補うのかという問題が生じます。
- 消費税の引き上げ
- 所得税の強化
といった対応が必要となる可能性がありますが、これらは中低所得層への負担増につながりやすい構造を持ちます。
国際比較 廃止した国の実態
相続税を廃止または大幅に縮小した国も存在しますが、その背景や結果は一様ではありません。
例えば、一部の国では、
- 資産課税の代替としてキャピタルゲイン課税を強化
- 贈与税や不動産税を重視
といった形で、別の制度に機能を移しています。
つまり、単純な廃止ではなく、「課税の形を変える」という選択が取られているケースが多い点に注意が必要です。
日本における現実的な論点
日本で相続税廃止を検討する場合、特に重要となるのは次の三点です。
不動産課税との関係
日本では資産の多くが不動産として保有されており、相続税は実質的に不動産課税の役割を担っています。廃止した場合、不動産市場への影響は避けられません。
事業承継税制との整合性
現行制度では、事業承継に配慮した特例が設けられています。廃止する場合、これらの制度設計をどのように再構築するかが課題となります。
社会保障との関係
日本は高齢化が進んでおり、社会保障財源の確保が重要な課題です。相続税はその一部を担っているため、廃止は財政構造全体に影響を与えます。
現実的な選択肢 廃止か維持かの二択ではない
制度選択として重要なのは、「廃止か維持か」という単純な二択ではありません。現実には、以下のような中間的な選択肢が考えられます。
- 基礎控除の見直しによる対象範囲の調整
- 税率構造の緩和または再設計
- 事業承継に対する特例の拡充
- キャピタルゲイン課税との一体化
これらは、制度の目的を維持しつつ副作用を抑える方向の改革といえます。
結論 相続税は廃止ではなく再設計の対象
相続税には、確かに問題点が存在します。しかし、それは制度の存在自体よりも、設計や運用に起因する部分が大きいと考えられます。
- 廃止すれば格差固定化のリスクが高まる
- 維持すれば経済への影響や負担感が問題となる
したがって、重要なのは廃止か否かではなく、
- どの層にどの程度課税するのか
- どの資産に重点を置くのか
- 他の税制とどう連携させるのか
という制度設計の最適化です。
相続税は、単なる課税手段ではなく、社会のあり方を映す制度です。今後の議論では、その役割を再定義し、より合理的で持続可能な形へと再構築していくことが求められます。
参考
・税のしるべ 2026年4月13日号
連載「続・傍流の正論~税相を斬る」第86回 中国がタックスヘイブン?