相続税対策として「賃貸マンションを購入すると相続税が大きく下がる」という話を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。
実際に、相続直前に貸付用不動産を取得し、相続税評価額を大幅に圧縮する手法は長年利用されてきました。しかし、令和8年度税制改正では、このような節税スキームに大きなメスが入りました。
今回の改正は、単なる制度変更ではありません。「税負担の公平性」と「制度への信頼」を守るための大きな転換点ともいえます。
今回は、なぜこの改正が必要になったのか、その背景を分かりやすく解説します。
相続税評価額と市場価格はなぜ違うのか
相続税は、亡くなった方が所有していた財産の「評価額」を基に計算されます。
しかし、この評価額は市場価格そのものではありません。
例えば土地であれば路線価、建物であれば固定資産税評価額など、財産評価基本通達に基づく評価方法が用いられます。
この評価方法には一定の合理性があります。
全国すべての不動産を一件ずつ時価評価することは現実的ではないため、統一的な基準を設ける必要があるからです。
通常であれば、この仕組みによって公平な課税が実現されています。
ところが、この評価方法と市場価格との間に大きな差が生じるケースがありました。
貸付用不動産が節税商品になった理由
賃貸マンションなどの貸付用不動産は、自宅とは異なる評価方法になります。
借家権や借地権、賃貸割合などが反映されるため、実際の市場価格よりも相続税評価額が低くなることが少なくありません。
この仕組み自体は、賃貸物件の利用制限などを考慮した合理的な制度です。
しかし、この評価方法を利用し、
「相続が近い高齢者が多額の借入をして賃貸マンションを購入する」
という節税対策が広く行われるようになりました。
市場価格では十数億円の不動産であっても、相続税評価額がその数分の一になる事例もあり、借入金との組み合わせによって相続税が大きく減少するケースが生まれました。
制度の趣旨を超えた利用が広がったことが、今回の見直しにつながっています。
最高裁判決が転機となった
この問題が社会的に注目されるきっかけとなったのが、令和4年4月19日の最高裁判決です。
この事件では、相続直前に取得した賃貸マンションについて、通常の財産評価通達ではなく、財産評価基本通達総則6項を適用し、市場価格に近い評価額で課税することが認められました。
この判決は、
「形式的に評価通達どおりだから必ず認められる」
という考え方に一石を投じるものとなりました。
もっとも、総則6項は例外的な規定であり、どのような場合に適用されるのか予測しにくいという課題も残されました。
そのため、「裁判で個別対応する」のではなく、「制度そのものを見直す」方向へ議論が進んだのです。
税制改正が目指したもの
令和8年度税制改正の目的は、節税そのものを否定することではありません。
目指したのは、
「市場価格とかけ離れた評価額を利用した極端な税負担の軽減」
を防ぐことです。
つまり、本来の制度趣旨に沿った相続税評価へ近づけることが目的です。
改正では、相続開始直前に取得した一定の貸付用不動産について、従来の路線価等だけではなく、通常の取引価額を基礎とした評価方法を取り入れる方向が示されました。
また、不動産小口化商品についても、市場価格に近い評価を求める仕組みへ見直されることになりました。
これにより、これまで利用されてきた一部の節税スキームは大きく影響を受けることになります。
今後の相続対策はどう変わるのか
今回の改正によって、「相続直前に不動産を購入すれば相続税が大幅に減る」という単純な発想は通用しにくくなります。
一方で、不動産そのものが相続対策として無意味になったわけではありません。
長期間保有して賃貸事業を行う場合や、資産運用として合理性がある場合には、引き続き重要な資産形成手段になります。
重要なのは、
「税金だけを目的に不動産を買う」
のではなく、
「資産運用や事業として成り立つか」
という視点で判断することです。
税制は常に公平性とのバランスを取りながら見直されます。
制度だけを追いかける節税は、改正によって通用しなくなる可能性があります。
結論
令和8年度税制改正は、相続直前の貸付用不動産取得を利用した節税スキームに大きな見直しを加える内容となりました。
背景には、市場価格と相続税評価額の大きな乖離や、それを利用した過度な節税が広がっていた現実があります。
今後の相続対策では、「評価額を下げる方法」を探すこと以上に、「長期的に価値を生み出す資産を持つこと」が重要になります。
制度の穴を探す時代から、資産そのものの価値を考える時代へ――今回の改正は、その方向性を示す税制改正といえるでしょう。
参考
令和8年度税制改正の実務ポイント 第3 資産課税・住宅税制(2026年4月6日講義資料)