日本企業はなぜ「選択と集中」が苦手なのか(撤退戦略編)

経営

日本企業の経営課題として、長年繰り返し指摘されてきた言葉があります。

それが「選択と集中」です。

不採算事業から撤退し、成長分野へ経営資源を集中する――。理屈としては極めて合理的です。実際、海外企業では事業売却や撤退は日常的な経営判断として行われています。

しかし日本企業では、赤字事業を長期間抱え続けたり、低収益部門をなかなか整理できなかったりするケースが少なくありません。

なぜ日本企業は「選択と集中」が苦手なのでしょうか。

その背景には、単なる経営判断の問題ではなく、日本型経営そのものの構造が深く関係しています。


日本企業は「総合化」で成長してきた

戦後の日本企業は、多角化によって成長してきました。

  • 総合電機
  • 総合商社
  • 総合化学
  • 総合金融
  • 総合建設

など、「総合力」が競争力だった時代です。

高度成長期には市場全体が拡大していたため、多くの事業を抱えること自体がリスク分散になりました。

さらに、

  • 銀行との安定取引
  • 系列関係
  • 相互持株
  • 長期雇用

などが存在したため、「採算が悪いから即撤退」という発想が生まれにくかったのです。

むしろ、日本企業では「赤字事業を全社で支える」ことが組織の安定につながる側面すらありました。


「撤退=失敗」という文化

日本企業で撤退が難しい最大の理由は、「撤退」が失敗とみなされやすいことです。

例えば、

  • 工場閉鎖
  • 子会社売却
  • 事業縮小
  • 人員削減

などは、日本企業では長く「敗北」と受け止められてきました。

そのため経営陣は、

  • なんとか黒字化できないか
  • 市況回復を待てないか
  • 技術転用できないか
  • 他部門とのシナジーがあるのではないか

と、撤退判断を先送りしやすくなります。

もちろん慎重さ自体は悪いことではありません。

しかし問題は、「撤退コストを直視できないまま時間だけが過ぎる」ことです。


日本企業は「雇用維持」を強く意識する

海外企業と日本企業の大きな違いは、雇用に対する考え方です。

日本企業では、事業は単なる収益装置ではありません。

そこには、

  • 従業員
  • 取引先
  • 地域経済
  • 技術者コミュニティ

など、多くの生活基盤がぶら下がっています。

そのため、単純に「利益率が低いから撤退」という判断がしにくいのです。

特に地方工場などでは、

「工場閉鎖=地域経済への打撃」

になることも少なくありません。

つまり日本企業の撤退判断は、単なる経営合理性ではなく、「社会的責任」と強く結びついています。


「減損損失」が経営の失敗を可視化する

近年、日本企業で撤退が進みにくい背景には、会計上の問題もあります。

事業撤退を行うと、

  • 減損損失
  • 構造改革費用
  • 特別損失

などが発生します。

これは短期的に利益を大きく悪化させます。

結果として、

  • 経営責任問題
  • 株価下落
  • 社長交代圧力

につながる可能性があります。

つまり、

「撤退しないリスク」

より、

「撤退を表面化するリスク」

の方を恐れてしまう構造があるのです。


「選択と集中」は実は極めて難しい

そもそも、「どこに集中するか」は簡単ではありません。

例えば、

  • AI
  • 半導体
  • EV
  • 医療
  • GX(脱炭素)

など、成長分野は次々に変化します。

しかし将来の勝者は事前にはわかりません。

つまり「選択と集中」とは、本質的には、

「どの未来に賭けるか」

という意思決定です。

当然、外れる可能性もあります。

そのため日本企業では、「広く持っておけばどれか当たる」という発想が残りやすいのです。

これは必ずしも非合理ではありません。

むしろ不確実性が高い時代ほど、多角化がリスクヘッジになる場面もあります。


本当に問題なのは「撤退できないこと」

実は問題は、多角化そのものではありません。

本当に危険なのは、

「失敗を認められないこと」

です。

海外企業でも多角化は行います。

しかし重要なのは、

  • ダメなら売る
  • 合わなければ撤退する
  • 資本効率が低ければ切り離す

という「出口戦略」が機能していることです。

一方、日本企業では、

  • 過去の成功体験
  • 社内政治
  • 雇用問題
  • 面子
  • 取引先配慮

などが複雑に絡み、撤退判断が遅れやすくなります。

その結果、

  • 低収益事業が残り続ける
  • 経営資源が分散する
  • 成長投資が不足する
  • ROEが低迷する

という構造に陥ります。


アクティビストが狙うのは「撤退できない企業」

近年、アクティビスト投資家が日本企業を標的にしやすい理由もここにあります。

市場から見ると、

  • 現金は多い
  • 不採算事業が残る
  • 資産効率が低い
  • 改革速度が遅い

企業は、「変われる余地」が大きく見えます。

つまり、

「撤退できない日本企業」

は、資本市場から見ると「改革余地の大きい企業」でもあるのです。

そのため近年は、

  • 事業売却
  • カーブアウト
  • 非中核事業整理
  • 親子上場解消

などが急速に増えています。

これは単なる流行ではなく、日本型経営の転換点とも言えます。


これからは「撤退力」が競争力になる

今後、日本企業に求められるのは、

「何をやるか」

だけではありません。

むしろ重要になるのは、

「何をやめるか」

です。

人口減少、成熟市場、資本コスト上昇、人材不足――。

限られた経営資源を、すべての事業に均等配分する時代ではなくなっています。

そのため今後は、

  • どこを伸ばすか
  • どこを縮小するか
  • どこから撤退するか

を説明できる経営が重要になります。

つまり「撤退」は敗北ではなく、「資本配分」の問題へ変わりつつあるのです。


結論

日本企業が「選択と集中」を苦手としてきた背景には、

  • 総合化で成長した歴史
  • 長期雇用文化
  • 減点主義
  • 撤退=失敗という価値観
  • ステークホルダー重視経営

があります。

しかし現在、資本市場は、

  • 資本効率
  • 成長投資
  • ROE
  • PBR
  • 資本コスト

を強く意識するようになっています。

その中で、日本企業にも「撤退を前提にした経営」が求められ始めています。

これからの経営で重要なのは、

「失敗しないこと」

ではなく、

「間違えた時に素早く修正できること」

なのかもしれません。

「選択と集中」の本質とは、未来を当てる能力ではなく、「撤退を決断する能力」にあるのです。


参考

・日本経済新聞 各種M&A・ガバナンス関連記事

・東京証券取引所
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」

・経済産業省
「企業買収における行動指針」

・各社統合報告書・中期経営計画・決算説明資料等

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