外国為替資金特別会計では、米国債などの外貨資産から得られる利子収入などによって、毎年度大きな剰余金が生じることがあります。
2024年度決算では、剰余金は約5兆3600億円となり、そのうち約3兆2000億円が一般会計へ繰り入れられました。
ここで疑問が生まれます。
国の財政が厳しいのであれば、約5兆3600億円をすべて一般会計へ移せばよいのではないでしょうか。
しかし外為特会では、剰余金の一部を内部に残します。
外為特会が巨額の外貨資産を保有し、為替変動や金利変動によって大きな損失が発生する可能性があるからです。
現在のような円安局面では巨額の為替換算上の利益が目立ちます。
しかし為替相場が反対方向へ動けば、その状況は大きく変わります。
外為特会に資金を残すことには、将来の市場変動に備えるという重要な意味があります。
外為特会にも健全性が必要になる
外為特会は国の特別会計ですが、資産と負債を持つ巨大なバランスシートでもあります。
資産側には米国債などの外貨資産があります。
一方、負債側には政府短期証券などがあります。
そのため外為特会を考える場合には、外貨資産がいくらあるのかだけを見ることはできません。
資産価値が変動した場合に、負債とのバランスを維持できるかという視点も必要になります。
外為特会の財務的な健全性を維持するため、剰余金の一部を内部に残して備える仕組みが重要になります。
最大のリスクは為替変動である
外為特会にとって大きなリスクの一つが為替変動です。
外為特会は大量のドル建て資産を持っています。
そのため円安になると、円換算した資産価値が増えます。
例えば100億ドルの資産を持っている場合、1ドル150円なら円換算額は1兆5000億円です。
しかし1ドル100円まで円高になれば1兆円になります。
ドル資産は100億ドルのままですが、円換算額は5000億円減少します。
外為特会のように外貨資産が100兆円を超える規模になると、為替レートが動いたときの影響も兆円単位になります。
現在大きな利益があるからといって、将来も同じ状態が続くとは限りません。
円安で生じた含み益は円高で縮小する
2025年3月末時点では、外為特会の為替換算差損益は50兆円を超える規模になっています。
これだけを見ると、外為特会には十分な余裕があるように感じます。
しかし、この利益の大きな部分は円安によって外貨資産の円換算額が増えた結果です。
円安がさらに進めば、円換算した評価額は増える可能性があります。
反対に円高になれば、評価額は減少します。
つまり50兆円を超える為替換算上の利益は、永久に固定された利益ではありません。
現在の為替レートを前提にした評価額です。
このため現在利益が大きいという理由だけで、外為特会の内部資金を大幅に減らすことにはリスクがあります。
為替差損に備える必要がある
外為特会では、円高が進むと為替換算上の損失が生じる可能性があります。
こうした損失に備えるため、剰余金の一部を内部に積み立てます。
考え方としては、利益が出ているときに一定額を蓄えておき、将来の損失に備えるということです。
企業でも毎年の利益をすべて配当として株主へ渡すとは限りません。
将来の赤字や投資に備えて利益の一部を内部に残します。
外為特会は企業ではありませんが、将来のリスクに備えて財務的な余力を持つ必要があるという点では似た考え方があります。
金利変動リスクもある
外為特会が抱えているのは為替リスクだけではありません。
金利変動リスクもあります。
外為特会は米国債など大量の債券を保有しています。
債券価格と市場金利には基本的に反対方向の関係があります。
市場金利が上昇すると、すでに発行されている低い金利の債券の市場価格は下がりやすくなります。
反対に市場金利が低下すると、既存債券の価格は上昇しやすくなります。
そのため米国の長期金利が大きく上昇すれば、保有している米国債の価格が下落する可能性があります。
外為特会は為替相場だけでなく、海外の金利変動にもさらされているのです。
円資金の調達コストも変化する
さらに外為特会の負債側にも金利リスクがあります。
政府が円売りドル買い介入を行う場合、政府短期証券を発行するなどして円資金を調達します。
政府短期証券には金利がかかります。
日本の金利が低い時期には、この調達コストも低く抑えられます。
しかし日本の金利が上昇すれば、政府短期証券の利払い負担も増える可能性があります。
一方、米国金利が低下すれば外貨資産から得られる運用収入が減る可能性があります。
つまり、
外貨資産から受け取る利子が減る
円資金の調達コストが増える
ということが同時に起これば、外為特会の収益環境は悪化します。
現在の大きな剰余金が将来も続くとは限らない理由です。
保有外貨資産の30%が一つの目安になる
外為特会では、将来の為替変動などに備えるための財務的な余力をどの程度確保するのかという考え方があります。
財務省は、外国為替資金への組入累計額について、保有外貨資産の30%を中長期的な目安としています。
例えば保有外貨資産が100兆円であれば、単純計算では30兆円に相当します。
もちろん毎年度必ず機械的に30%を維持するという意味ではありません。
しかし外為特会ほど巨大な外貨資産を持つ会計では、為替変動による損失も非常に大きくなる可能性があります。
そのため一定規模の財務的な備えを確保する必要があります。
なぜ30%もの備えが必要になるのか
外為特会の外貨資産が小さければ、為替変動による損失も限定的です。
しかし100兆円を超える規模になると事情が違います。
例えば100兆円の外貨資産が円換算で10%減少すれば、単純計算では10兆円の変化です。
20%なら20兆円です。
為替相場は長期的には大きく動くことがあります。
そのため数%程度の小さな変動だけを想定していては十分な備えにならない可能性があります。
巨額の外貨資産を保有する以上、それに対応した大きな財務的余力も必要になるということです。
剰余金を全部一般会計へ移すとどうなるのか
仮に外為特会で生じた剰余金を毎年すべて一般会計へ移したとします。
一般会計から見れば財源が増えます。
国債発行を減らしたり、政策の財源に利用したりできます。
短期的には魅力的に見えます。
しかし外為特会内部に残る資金は減ります。
その状態で大幅な円高や金利変動が発生すれば、外為特会の財務的な余力が小さくなっているため、損失への対応力が低下します。
つまり一般会計へ多く移せば移すほどよいという単純な問題ではありません。
一般会計の財源確保と外為特会の健全性のバランスを取る必要があります。
財政事情が厳しいと繰入額を増やしたくなる
政府の財政が厳しくなれば、外為特会の剰余金は魅力的な財源に見えます。
増税を行えば国民の負担が増えます。
国債を追加発行すれば政府債務が増えます。
その一方で特別会計に数兆円の剰余金があれば、
もっと一般会計へ移せないか
という議論が出てくるのは自然です。
実際、一般会計への繰入額は財政事情などによって変わる余地があります。
しかし財政が厳しいたびに外為特会から多額の資金を取り出すようになれば、本来為替変動などに備えるための財務的な余力が弱くなる可能性があります。
一時的な財源と備えを取り崩すことは違う
外為特会から一般会計への繰り入れを増やせば、その年度の財源は増えます。
しかし外為特会内部に残しておくはずだった資金まで一般会計へ移すのであれば、将来のリスクに備える資金を取り崩している面もあります。
これは新しい恒久財源が生まれたこととは違います。
例えば家庭で100万円の緊急予備資金を持っているとします。
そのうち50万円を生活費に使えば、その年の家計は楽になります。
しかし翌年も50万円が新しく入ってくるわけではありません。
同時に緊急時の備えも50万円減っています。
外為特会についても、一般会計への繰入額を増やす場合には、そのお金がどこから生まれ、何のために残されていたのかを見る必要があります。
外為特会の利益は政府の余ったお金ではない
外為特会に巨額の含み益や剰余金があると、
政府が使わずに眠らせているお金
のように見えることがあります。
しかし外為特会は、為替介入を支えるための巨大な金融資産と負債を管理しています。
その価値は為替相場や金利によって大きく変動します。
したがって外為特会内部に資金を残すことには、政策上の意味があります。
重要なのは、
いくら利益があるのか
だけではありません。
その利益のうち、
いくらを一般会計へ移しても外為特会の健全性を維持できるのか
を考える必要があります。
結論
外為特会で生じた剰余金をすべて一般会計へ移さない最大の理由は、将来の為替変動や金利変動などに備える必要があるからです。
外為特会は100兆円を超える規模の外貨資産を保有しています。
資産規模が巨大であるため、円高が進めば円換算した資産価値が兆円単位で減少する可能性があります。
米国金利の変動によって保有債券の価値が動くこともあり、日本の金利が上昇すれば政府短期証券の調達コストが増える可能性もあります。
こうしたリスクに備えるため、剰余金の一部を外為特会内部に残します。
財務省は外国為替資金への組入累計額について、保有外貨資産の30%を中長期的な目安としています。
現在大きな剰余金や含み益があるからといって、それをすべて一般会計へ移せばよいわけではありません。
一般会計への繰り入れを増やせば、その年度の財源は増えます。
その一方で、将来の為替差損などに備える外為特会の財務的な余力は小さくなります。
外為特会の剰余金を見るときには、国にいくら渡せるのかだけではなく、巨額の外貨資産を安全に管理するためにいくら残しておく必要があるのかという視点も必要なのです。
参考
日本経済新聞 2026年8月29日 朝刊 「外為特会で減税」は悪手