2027年度予算の概算要求総額は、一般会計で143兆円前後となりました。
過去最大の規模です。
しかし、この143兆円という数字を見ただけでは、最終的な予算規模を判断することはできません。
理由の一つが事項要求です。
通常の概算要求では、
この事業に1000億円必要です
というように、政策と一緒に必要な金額を財務省へ提出します。
ところが事項要求では、具体的な金額を示さず、
この事業を2027年度予算に盛り込みたい
という項目だけを要求できます。
つまり概算要求の一覧には入っているのに、要求総額には具体的な金額として十分に反映されていない政策が存在するわけです。
なぜ、このような仕組みが必要なのでしょうか。
事項要求とは何か
事項要求とは、概算要求の時点では必要額を確定できない政策について、具体的な金額を示さず、事業の項目だけを要求する方法です。
通常の概算要求なら、
事業名
政策内容
要求額
などを示します。
例えば新しい支援制度に2000億円必要であれば、2000億円として概算要求に計上します。
これに対して事項要求では、
政策そのものは実施したい
しかし現時点では必要額を計算できない
という場合に、金額を確定させないまま予算編成に載せます。
言い換えれば、
金額は後で決めますが、この政策を予算編成の対象にしてください
という要求です。
なぜ金額を書かなくてもよいのか
国の政策は、すべて8月末までに内容が確定するわけではありません。
予算編成は夏から始まり、年末に政府予算案がまとまります。
その間にも制度改正や政策決定が行われます。
例えば新しい制度を2027年度から始めるとしても、8月末の概算要求時点では、
対象者を何人にするのか
支援額をいくらにするのか
どの地域まで対象にするのか
どの設備を導入するのか
といった詳細が決まっていない場合があります。
政策の方向性は決まっていても、制度設計が完成していなければ正確な必要額を計算できません。
だからといって概算要求に載せなければ、翌年度予算に盛り込むことが難しくなります。
そこで事項要求という仕組みを使い、政策項目だけを先に予算編成に載せておくわけです。
通常の金額要求とは何が違うのか
通常の金額要求と事項要求の最大の違いは、概算要求時点で金額が確定しているかどうかです。
例えば、ある省庁が設備整備のため1000億円を要求するとします。
必要な設備の数や単価などが分かっていれば、
1000億円
と要求できます。
財務省はその1000億円について、
設備の数は適切か
単価は高すぎないか
1000億円すべてが必要なのか
と査定できます。
一方、事項要求の場合は、そもそも要求額が示されていません。
そのため政策内容が具体化した後に必要額を積み上げ、予算編成の過程で金額を決めることになります。
通常の金額要求は、
金額を示してから査定する
事項要求は、
政策を先に載せて、後から金額を決めて査定する
という違いがあります。
防衛費で事項要求が使われる理由
2027年度概算要求で事項要求が注目されている分野の一つが防衛です。
防衛省の概算要求額は8兆8908億円となりました。
しかし、これですべてではありません。
攻撃型無人機の開発費用や水中発射型の極超音速誘導弾の開発費など、一部の政策は事項要求となっています。
背景には、安全保障政策そのものの見直しがあります。
政府は2026年末に安全保障関連3文書を改定する方針です。
新しい安全保障政策が決まれば、
どのような装備が必要なのか
何機導入するのか
どのような研究開発を行うのか
といった具体的な内容も変わる可能性があります。
ところが概算要求の締め切りは8月末です。
安全保障政策の最終決定より先に概算要求を提出しなければなりません。
そこで金額を無理に決めず、事項要求として予算編成に載せ、政策の詳細が固まった段階で金額を決めるわけです。
防衛費だけの仕組みではない
事項要求は防衛費だけに使われるものではありません。
2027年度概算要求では、さまざまな省庁が事項要求を行っています。
経済産業省では、AIや半導体、防衛産業、スタートアップ向けの投資支援などが事項要求に含まれています。
厚生労働省では、介護や障害福祉の報酬改定に伴う費用などがあります。
国土交通省では、北陸新幹線の大阪延伸に関する建設費などがあります。
農林水産省では、2027年4月から2年間限定で実施する食料品の消費税減税に伴う農家や外食産業への支援などが事項要求に挙げられています。
つまり事項要求は、
政策の方向性は決まっている
しかし制度や金額がまだ固まっていない
という場合に幅広く利用される仕組みなのです。
事項要求には合理的な理由がある
金額を書かずに予算を要求できると聞くと、予算を膨らませるための抜け道のように見えるかもしれません。
しかし事項要求そのものには合理的な理由があります。
国の政策は、概算要求の締め切りに合わせてすべて決まるわけではないからです。
例えば介護報酬を改定するとします。
改定率が決まらなければ、国費がどれだけ必要になるかを正確に計算できません。
それでも翌年度から制度を実施するのであれば、予算には盛り込まなければなりません。
こうした場合、
仮の金額を無理に入れる
よりも、
事項要求として政策を載せ、制度が決まった後で正確な金額を計算する
方が合理的な場合があります。
問題なのは事項要求そのものではなく、最終的にどの程度の金額になるのかが概算要求時点では見えにくいことです。
143兆円の外側にある金額
2027年度の概算要求総額は143兆円前後です。
しかし、この数字には注意が必要です。
金額が決まっている通常の要求なら、その金額を足し合わせて要求総額を計算できます。
ところが事項要求は金額が決まっていません。
例えば143兆円の概算要求とは別に、事項要求となっている政策について後から2兆円必要だと決まれば、その分だけ歳出圧力は大きくなります。
5兆円なら、さらに大きくなります。
もちろん、事項要求のすべてが追加されるとは限りません。
財務省査定によって政策が縮小されたり、金額が抑えられたりする可能性もあります。
それでも143兆円という数字だけでは、予算要求全体の大きさを完全には把握できないということです。
事項要求が多いほど予算規模を読みづらくなる
概算要求の重要な役割の一つは、翌年度に政府がどの程度の歳出を考えているのかを示すことです。
金額がすべて示されていれば、
社会保障はいくら
防衛はいくら
産業政策はいくら
公共事業はいくら
と比較できます。
しかし事項要求が増えると、最終的な金額が分かりません。
例えば防衛省の要求額が8兆8908億円だとしても、事項要求分を加えた最終的な予算規模はもっと大きくなる可能性があります。
他の省庁でも同じです。
そのため事項要求が多い年度では、概算要求総額だけを見て、
今年の歳出要求はこれくらい
と判断することが難しくなります。
市場が事項要求を気にする理由
事項要求は、債券市場にとっても重要です。
政府の歳出が増えれば、財源が必要になります。
税収やその他の収入で賄えなければ、国債発行が必要になる可能性があります。
ところが事項要求の金額が分からなければ、
最終的な歳出はいくらになるのか
新規国債をどれだけ発行するのか
将来の財政負担がどこまで増えるのか
を判断しにくくなります。
国債を購入する投資家にとって、政府が今後どれだけ国債を発行するのかは重要な情報です。
国債の供給が増えるとの警戒が強まれば、国債価格が下落し、利回りが上昇する可能性があります。
事項要求は単なる予算編成上の技術ではなく、財政の先行きを判断する材料でもあるのです。
事項要求と青天井は別の仕組み
2027年度予算では、シーリングの一部撤廃と事項要求が同時に注目されています。
この二つは混同しやすいのですが、意味は違います。
シーリングの撤廃は、
要求できる金額の上限を設けない
という仕組みです。
事項要求は、
要求する政策について具体的な金額をまだ示さない
という仕組みです。
例えば必要額が5000億円だと分かっていて、その5000億円を上限なしで要求する場合はシーリングの問題です。
一方、
政策は実施したいが5000億円なのか7000億円なのかまだ分からない
という場合は事項要求です。
2027年度予算では、要求額の天井を外す政策がある一方、金額自体がまだ決まっていない政策もあるわけです。
この二つが重なることで、概算要求段階では最終的な歳出規模がより見えにくくなっています。
事項要求も最終的には金額が決まる
もちろん事項要求だからといって、最後まで金額を書かずに予算を使えるわけではありません。
予算を成立させるためには、最終的に金額を確定させる必要があります。
政策の詳細が決まる。
必要額を積算する。
財務省と各省庁が協議する。
政府内で調整する。
こうした過程を経て、政府予算案に具体的な金額が盛り込まれます。
その後、国会で審議されます。
したがって事項要求とは、
金額を決めなくても予算を使える制度
ではありません。
概算要求の時点では金額の決定を後回しにできる制度です。
この違いは重要です。
年末の予算案を見る必要がある
2027年度概算要求を見るとき、143兆円という数字だけではなく、事項要求が最終的にいくらになるのかを見る必要があります。
特に注目されるのは、
防衛
AIや半導体
介護や障害福祉
大型インフラ
食料品の消費税減税に伴う支援
などです。
これらの政策について年末までに具体的な金額が決まっていきます。
同時に、通常の概算要求については財務省査定によって削られる可能性があります。
つまり、
通常要求は査定によって減る
事項要求は金額確定によって加わる
という二つの動きが同時に起こります。
その結果として最終的な政府予算案が決まります。
だからこそ概算要求143兆円と政府予算案の金額を単純に一直線で結ぶことはできないのです。
結論
事項要求とは、概算要求の時点では必要額を確定できない政策について、具体的な金額を示さず、事業の項目だけを予算要求に載せる仕組みです。
通常の概算要求では、政策内容とともに1000億円、2000億円といった要求額を示します。
一方、事項要求では政策の方向性だけを先に示し、制度設計などが固まった後で必要額を決めます。
防衛政策の見直し、介護や障害福祉の報酬改定、大型インフラ、AIや半導体支援など、概算要求の締め切り時点では金額を確定しにくい政策で利用されます。
2027年度概算要求は143兆円前後と過去最大になりましたが、この数字だけで最終的な歳出規模を判断することはできません。
金額を示していない事項要求が残っているからです。
一方で、通常の要求額は財務省査定によって削られる可能性があります。
つまり今後の予算編成では、削られる金額と新たに加わる金額の両方を見る必要があります。
事項要求とは予算を無制限に使える仕組みではありません。
政策の内容が固まるまで、概算要求段階で金額の確定を待つための仕組みです。
143兆円という大きな数字を見るときほど、その数字の中に何が含まれ、何がまだ含まれていないのかを確認することが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年9月1日朝刊 概算要求、143兆円前後 「天井」廃止で過去最大
日本経済新聞 2026年9月1日朝刊 概算要求最大「143兆円」、市場警戒解かず
日本経済新聞 2026年9月1日朝刊 上限撤廃、強まる官邸裁量
日本経済新聞 2026年9月1日朝刊 概算要求 財務省との議論本格化