物価高騰が続くなか、低所得者支援のあり方が改めて注目されています。給付金や給付付き税額控除などの政策が議論されていますが、その前提として考えなければならない問題があります。
それは、行政が国民一人ひとりの所得をどこまで正確に把握できているのかということです。
支援制度を設計するためには、本当に支援が必要な人を把握しなければなりません。しかし働き方が多様化した現在、その前提そのものが揺らぎ始めています。
所得把握が難しくなった時代
かつての日本では、会社員が企業に雇われて働くことが一般的でした。
給与所得者の所得は企業が源泉徴収を行い、行政も比較的容易に把握することができました。
しかし現在は状況が大きく変わっています。
副業を行う人が増え、フリーランスや個人事業主として働く人も増加しています。さらにスポットワークやギグワークなど、短時間・単発型の働き方も広がっています。
収入源が複数に分散すると、所得の全体像を把握することは容易ではありません。
行政だけでなく、本人自身も正確な所得を把握できていないケースすら存在します。
なぜ貧困率に複数の数字が存在するのか
日本では相対的貧困率が貧困の代表的な指標として利用されています。
これは所得の中央値の半分以下で生活する人の割合を示すものです。
ところが同じ日本政府の統計であっても、調査によって異なる数値が公表されています。
調査方法や対象の違いによって結果が変わるためです。
これは統計が間違っているという意味ではありません。
むしろ所得把握そのものが難しいことを示しています。
貧困対策を議論する際に、そもそも実態が正確に見えていない可能性があるのです。
給付付き税額控除が抱える課題
近年、給付付き税額控除の導入議論が活発になっています。
給付付き税額控除とは、所得が低い人に対して税金を減らしたり現金給付を行ったりする制度です。
欧米諸国では広く活用されています。
しかし制度を適切に運営するためには、所得を正確に把握することが不可欠です。
所得情報が不完全であれば、本来支援が必要な人に給付が届かなかったり、逆に必要以上の支援が行われたりする可能性があります。
公平性と効率性を両立するためには、所得把握の精度向上が避けて通れません。
マイナンバーは社会保障の基盤になるのか
所得把握の精度向上において重要な役割を果たすのがマイナンバー制度です。
マイナンバーというと監視社会を連想する人もいますが、本来の目的は行政サービスの効率化と公平化です。
税務、年金、医療、福祉などの情報を適切に連携できれば、行政はより正確な所得状況を把握できます。
例えば所得減少が確認された場合に自動的に支援制度を案内したり、申請手続きを簡素化したりすることも可能になります。
将来的には申請主義からプッシュ型支援への転換も期待されています。
デジタル化がもたらす新しい社会保障
社会保障制度は長らく申請主義を基本としてきました。
困っている人が自ら制度を調べ、申請しなければ支援を受けられません。
しかし高齢化や働き方の多様化が進むなか、この仕組みには限界が見え始めています。
今後はデジタル技術を活用し、所得や生活状況を把握した上で必要な支援を適切に届ける仕組みが求められるでしょう。
税制と社会保障を一体的に運営するためには、正確な所得情報が社会インフラとして不可欠になります。
人生100年時代と所得情報
人生100年時代には、会社員、フリーランス、副業、年金受給者など、一人の人生のなかで働き方や収入源が何度も変化します。
現役時代だけを前提とした所得管理の仕組みでは対応が難しくなります。
今後は個人単位で生涯にわたる所得情報を適切に管理し、税や社会保障に活用する仕組みが重要になるでしょう。
所得を正確に把握することは、単なる税務行政の問題ではありません。
誰にどのような支援を届けるのかという、社会保障制度そのものの土台なのです。
結論
物価高や格差拡大への対応として、給付付き税額控除や各種給付制度の議論が進んでいます。しかし、その前提となる所得把握の精度には依然として課題があります。
働き方が多様化する時代において、正確な所得情報は税制だけでなく社会保障制度全体を支える重要なインフラになります。
今後の政策論議では「何を給付するか」だけではなく、「誰に給付するのかをどう把握するか」という視点がますます重要になるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年6月8日朝刊 「個人の所得の正しい把握を」
厚生労働省 2022年国民生活基礎調査の概況
総務省統計局 全国消費実態調査・全国家計構造調査関連資料
デジタル庁 マイナンバー制度関連資料