M&Aにおけるデューデリジェンス(DD)費用の税務処理は、これまで実務上の大きな論点でした。
損金として処理できるのか、それとも株式の取得価額に含めるべきか。この違いは、税負担に直接影響します。
2026年2月の東京地裁判決は、この問題について初めて明確な判断枠組みを示しました。本稿では、その内容と実務への影響を整理します。
DD費用を巡る従来の考え方
従来の実務では、次のような理解が一般的でした。
- 買収対象企業を特定する前
→ 損金算入可能 - 買収対象企業を特定した後
→ 取得価額(資産)に算入
この考え方は、国税不服審判所の裁決などを背景に広がっていましたが、実務上は違和感も多く指摘されていました。
特に問題となっていたのは、次の点です。
- DDを実施しても買収に至らないケースが多い
- それでも対象企業を特定しただけで資産計上を求められる
- 費用の性質に関係なく一律処理となっていた
このため、企業側と税務当局の認識のズレが大きい領域でした。
東京地裁判決が示した判断枠組み
今回の判決は、「有価証券の購入のために要した費用」の定義について、次の2要件を示しました。
- 特定の有価証券の購入に向けられた費用であること
- 客観的に必要とされる費用であること
さらに重要なのは、この該当性の判断にあたり、
株式取得の蓋然性(実現可能性)
を基準とする点です。
「蓋然性基準」という新しい考え方
判決の核心は、「いつの時点で支出されたか」によって判断するという点です。
整理すると以下の通りです。
蓋然性が低い段階(初期検討段階)
- 情報収集
- 初期DD
- 買収の可否検討
→ 損金算入
蓋然性が高い段階(契約直前・確度が高い段階)
- 最終契約を前提とした費用
- 成功報酬など
→ 取得価額に算入
つまり、「対象企業を特定したかどうか」ではなく、
買収がどれだけ現実的になっているか
で判断するという考え方に転換されています。
判決における具体的な判断
本件では、費用の内容ごとに個別判断が行われました。
損金と認められたもの
- 情報提供料
- 中間報酬
- 法務・財務DD費用
理由:
買収の蓋然性が「相当程度高い」とは認められない段階の支出
取得価額とされたもの
- 成功報酬
理由:
最終契約の成立を前提とする費用であり、取得との結びつきが強い
このように、「費用の名目ごとに分けて判断する」という点も重要なポイントです。
実務へのインパクト
この判決は、次の点で実務に影響を与える可能性があります。
一律処理からの脱却
これまでの「対象企業特定後=資産計上」という機械的な処理は見直される可能性があります。
費用の性質別管理の重要性
- いつ支出したか
- どの段階の費用か
- 成功条件が付いているか
といった観点での整理が必要になります。
税務調査対応の高度化
単なる形式ではなく、
- 意思決定プロセス
- 社内承認の段階
- 交渉の進捗
といった実態の説明が求められることになります。
それでも残る不確実性
もっとも、この判決によって全てが明確になったわけではありません。
実務上の課題としては、
- 「蓋然性が高い」とはどの程度かが不明確
- 判断がケース・バイ・ケースになる
- 契約締結前の費用でも資産計上とされる可能性が残る
といった点が指摘されています。
また、本件は控訴されており、最終的な判断は確定していません。
結論
今回の東京地裁判決は、M&AにおけるDD費用の税務処理について、
- 蓋然性という新たな判断軸を提示し
- 費用を個別に評価する考え方を示した
という点で重要な転換点といえます。
ただし、実務においては、
- 判断の不確実性は依然として残る
- より丁寧な事実整理と説明が必要になる
という状況に変わりはありません。
今後は、判例の蓄積とともに、実務上の指針が徐々に明確化していくことが期待されます。
参考
日本経済新聞(2026年4月6日朝刊)
M&A調査費 どこまで課税
東京地裁、判断枠組み初めて示す 株取得の実現性で判断
日本経済新聞(2026年4月6日朝刊)
M&A調査費の実務への反映なお難しく