賃貸マンションやアパートの売買広告を見ると、必ずといってよいほど「入居率」や「空室率」が表示されています。入居率が高いほど安定した賃料収入が見込めるため、市場では一般に価値の高い物件として評価されます。
ところが、相続税の財産評価の世界では、これとは逆の現象が起こります。
評価通達に基づく評価では、空室が多いほど評価額が高くなる場合があるのです。
この一見すると不思議な評価の考え方は、最高裁判所の判決を契機として制度的に定着しました。本稿では、貸家建付地評価の仕組みと、この判決が残した評価論上の問題点について整理します。
貸家建付地評価の基本構造
相続税では、賃貸されている土地や建物について「貸家建付地」や「貸家」として評価する仕組みがあります。
これは、建物を賃貸している場合には借家人の権利(借家権)が存在するため、所有者が自由に利用できないという制約を考慮するものです。
例えば、土地が貸家建付地に該当する場合、その評価額は次のように減額されます。
・自用地価額
・借地権割合
・借家権割合
・賃貸割合
これらを用いて計算することにより、自用地としての価額よりも低い評価となります。
この制度の考え方は明確です。
借家人がいる以上、建物の利用は制約され、立退料などの負担が生じる可能性もあります。そのため、完全に自由に使える土地よりも価値は低くなると考えるのです。
空室の扱いが争われた裁判
問題となったのは、賃貸マンションの一部が空室であった場合の評価です。
ある裁判では、相続開始時点で21室のマンションのうち、17室が空室でした。この場合に、
・マンション全体を貸家として評価するか
・空室部分は自用家屋として評価するか
が争点となりました。
納税者側は、将来的に賃貸される予定の物件である以上、全体を貸家として評価すべきだと主張しました。
これに対し税務署側は、空室部分には借家権が存在しないため、その部分は自用の建物として評価すべきだと主張しました。
最高裁判決の判断
この事件は最終的に最高裁まで争われました。
裁判所は、税務当局の考え方を支持しました。
つまり、
・入居している部分は貸家
・空室部分は自用家屋
として評価するという判断です。
その理由として裁判所は、次の点を挙げています。
第一に、借家権が存在する場合、貸主は更新拒絶や解約を自由に行うことができず、利用に制約が生じることです。
第二に、借家権が付いたまま売却する場合、建物や土地の利用が制約されるため、市場価値が低下することです。
したがって、借家権が存在する部分についてのみ価値が下がると考えるのが合理的であると判断されました。
この判決を契機に、現行の評価通達の取扱いがより明確化されました。
市場価値との逆転現象
しかし、この考え方には大きな違和感があります。
現実の不動産市場では、空室が多い物件は収益性が低いため、一般に価格は下がります。投資用不動産の評価では、収益力が重要な判断要素となるからです。
つまり、市場では
入居率が高い → 価値が高い
空室が多い → 価値が低い
という関係になります。
ところが、相続税評価では
入居率が高い → 借家権による減額が大きい
空室が多い → 減額が小さい
という構造になります。
その結果として、空室が多いほど評価額が高くなるという逆転現象が生じる場合があります。
評価理論から見た問題点
財産の客観的交換価値(時価)を評価する方法には、一般に次の三つのアプローチがあります。
・収益法
・原価法
・取引事例比較法
収益法は、将来得られる収益を基準として価値を判断する方法です。賃貸不動産の評価では、特に重要な考え方です。
この観点から見ると、「空室が多いほど価値が高くなる」という評価は、収益法の考え方と整合しません。
また、取引事例比較法の観点から見ても、空室の多い物件の市場価格は通常低下します。
つまり、評価通達の取扱いは、実際の市場価値の動きとは必ずしも一致していないのです。
評価通達と実務の現実
もっとも、相続税評価においては、市場価格を個別に算定することは実務上困難です。
そのため、財産評価基本通達という統一的な基準を設け、一定のルールに従って評価を行う仕組みが採られています。
この仕組みは、課税の公平性や事務処理の効率性という観点では合理的です。
しかし、今回のように市場の実態と乖離する場面があることもまた事実です。
特に賃貸不動産の評価については、近年の投資市場の発展により、収益価格の重要性がますます高まっています。その意味では、現行の評価制度が抱える課題を改めて検討する余地があるとも言えるでしょう。
結論
賃貸マンションの評価では、空室が多いほど評価額が高くなるという逆転現象が生じることがあります。
その背景には、借家権の存在による利用制約を重視する評価通達の考え方と、それを支持した最高裁判決があります。
もっとも、不動産市場では収益力が価値を左右するため、空室が多い物件の価値は通常低く評価されます。この点で、相続税評価と市場評価の間には一定のギャップが存在します。
財産評価基本通達は実務上の統一基準として重要な役割を果たしていますが、個別の資産価値の実態とは必ずしも一致しない場合があります。賃貸不動産の評価を考える際には、この制度的な背景を理解しておくことが重要です。
参考
税のしるべ
品川芳宣「続・傍流の正論~税相を斬る 第82回 最判にも疑義③『空室』の価値」
2026年3月9日号

