所得税では、すべての納税者に一定額の所得控除を認める制度として「基礎控除」が設けられています。
しかし現在の制度では、合計所得金額が一定額を超える場合には基礎控除が縮小または適用されない仕組みとなっています。
この仕組みについて、合計所得金額が2,500万円を超える納税者に基礎控除を適用しないことが憲法に違反するのではないかという点が争われた裁判がありました。
本稿では、この裁判の争点と裁判所の判断を整理し、基礎控除の制度趣旨との関係を考えてみます。
合計所得金額2,500万円超と基礎控除の制度
現在の所得税法では、基礎控除は合計所得金額に応じて段階的に減額される仕組みとなっています。
具体的には次のような制度です。
- 合計所得金額2,400万円以下
→ 基礎控除48万円 - 合計所得金額2,400万円超
→ 段階的に減額 - 合計所得金額2,500万円超
→ 基礎控除なし
この仕組みは、2018年の税制改正により導入されたもので、高所得者に対する控除の縮小が政策目的とされています。
しかし、この制度について「すべての人に認められるべき最低生活費控除の趣旨に反するのではないか」という問題提起がなされました。
裁判の争点
本件では、納税者が次のような主張を行いました。
- 基礎控除は最低限の生活費を課税対象から除外する制度である
- したがって所得の多寡にかかわらず認められるべきである
- 高所得者のみ基礎控除を認めないのは平等原則に反する
つまり、憲法14条の平等原則との関係が主要な争点となりました。
東京地裁の判断
東京地裁は、納税者の主張を認めませんでした。
裁判所は、次のような考え方を示しています。
第一に、租税制度の設計は立法府の広い裁量に委ねられているという点です。
税負担の配分や控除制度の設計については、政策的判断が必要であり、一定の合理性があれば憲法違反とはならないとされました。
第二に、基礎控除は必ずしも最低生活費の控除だけを目的とした制度ではないという点です。
課税の簡素化や所得再分配など、複数の政策目的が含まれる制度とされています。
第三に、高所得者に対する控除縮小には合理的理由があると判断されました。
所得が大きいほど税負担能力も高いため、控除を制限することには一定の合理性があるとされています。
これらの理由から、基礎控除の所得制限は憲法に違反しないと結論づけられました。
結論
この裁判は、基礎控除という基本的な税制をめぐり、憲法との関係が争われた事例です。
裁判所は、税制の設計について立法府に広い裁量を認める従来の判断枠組みを維持し、高所得者への基礎控除制限を合憲と判断しました。
所得税の控除制度は、単なる生活費控除にとどまらず、政策目的を含む制度として設計されています。
そのため、所得水準に応じた控除の調整も政策判断の範囲に含まれると整理されたといえます。
税制改正の議論では公平性や再分配が重要な論点となりますが、本件はそれらの問題を考えるうえでも興味深い裁判例といえるでしょう。
参考
東京税理士界
2026年3月1日号
SERIES TAINS 解体新書
基礎的人的控除をめぐる憲法違反の争い
田代雅之
