企業の不正経理というと、売上除外や架空経費など国内で完結するケースを想像する人が多いかもしれません。ところが近年は、海外送金を利用した資金還流型の所得隠しが問題となる事例が増えています。
日本経済新聞の報道によれば、香港への送金を利用した所得隠しのスキームについて、全国の国税当局が一斉調査を行い、74社に対して合計30億円超の所得隠しを指摘しました。本稿では、この事例から見えてくる海外送金型スキームの構造と、税務調査の視点について整理します。
海外送金を利用した所得隠しの典型的な構造
今回指摘された事例では、企業が「情報料」や「海外調査費」などの名目で香港の口座へ送金していました。送金先は中国人コンサルタントが指定した口座であり、企業側は業務上の支出として処理していたとされています。
しかし実態は、次のような資金の流れだったとみられています。
1 企業が香港の口座へ送金
2 コンサルタントが手数料(約3割)を差し引く
3 残額をプリペイドカードなどに入金
4 企業関係者に資金が還流
このようなスキームでは、企業の帳簿上は「海外業務の費用」として処理されます。しかし実際には企業側に資金が戻っているため、税務上は架空経費と判断されます。
結果として、その分の利益が過少に計上されていることになり、所得隠しとして追徴課税の対象になります。
税務上の評価――架空経費と重加算税
国税当局は今回のケースについて、企業が支払った海外送金を架空経費と認定しました。
架空経費と判断されると、その支出は損金として認められません。したがって、その分だけ所得が増加することになります。
さらに問題となるのは、意図的な所得隠しと認定される場合です。この場合、通常の過少申告加算税ではなく、重加算税が課される可能性があります。
今回の調査でも、法人税などについて重加算税を含めた追徴課税が行われ、合計で約13億円が課税されたと報じられています。
重加算税は、仮装・隠蔽があった場合に課されるペナルティであり、税務リスクとして非常に大きいものです。
国税当局が把握する仕組み
海外送金を利用したスキームは、一見すると発覚しにくいように思われるかもしれません。しかし現在は、海外送金に関する情報はかなりの程度まで当局に把握されています。
代表的なものが国外送金等調書です。
金融機関は、海外との間で100万円を超える送金や受領があった場合、その情報を税務当局に報告する仕組みになっています。これにより、企業や個人の海外送金はデータとして蓄積されます。
また、租税条約に基づく情報交換も進んでいます。今回の事例でも、送金先の香港に対して情報提供が求められているとみられています。
さらに近年は、税務調査の分野でもAIの活用が進んでいます。膨大な送金データや取引情報を分析し、異常な資金の流れを抽出する仕組みが整いつつあります。
海外取引は調査重点分野になっている
国税庁の統計によると、海外取引に関する税務調査で確認された申告漏れは、直近1年間で約2100億円に上るとされています。
この数字からも分かるように、海外送金や国外取引は現在の税務調査における重点分野の一つです。
特に次のような取引は、税務当局が注視する典型例といえます。
・海外コンサルティング費用
・海外調査費
・海外マーケティング費
・海外業務委託費
これらは実態が不透明になりやすく、架空経費の温床になりやすい分野でもあります。
異業種交流会などを利用したスキーム
今回の事例で特徴的なのは、異業種交流会を通じて企業にスキームが広がったとみられている点です。
近年、税務や資金調達などをテーマにした経営者向けセミナーや交流会は数多く開催されています。しかし中には、節税を装いながら違法な手法を紹介するケースも存在します。
特に
・海外送金
・プリペイドカード還流
・匿名口座
といった要素が組み合わさるスキームは、脱税に直結する危険性が高いものです。
企業側としても、安易にこうした仕組みに関与すると、重大な税務リスクを負うことになります。
結論
香港送金を利用した今回の所得隠し事案は、海外取引を利用した脱税スキームの典型例といえます。
しかし現在は
・国外送金等調書
・租税条約による情報交換
・AIによるデータ分析
などにより、海外資金の流れは以前よりも把握されやすくなっています。
海外取引を利用すれば税務当局に発見されないという発想は、すでに通用しない時代になっています。企業としては、海外取引の実態を明確にし、説明可能な経理処理を行うことが不可欠です。
節税と脱税の境界線を誤れば、重加算税や企業信用の失墜といった重大な結果につながります。今回の事例は、そのリスクを改めて示したものといえるでしょう。
参考
日本経済新聞 2026年3月6日朝刊
「74社、所得隠し30億円超 国税当局調査、香港に送金し資金還流」
