ストックオプションの税務は、多くの解説書や専門誌で取り上げられています。しかし、実務上きわめて重要であるにもかかわらず、意外と整理されていない論点があります。それが「源泉徴収義務者は誰か」という問題です。
税制非適格ストックオプション(以下、SO)の行使時には給与所得課税が行われます。では、その源泉徴収義務を負うのは、SOの発行会社でしょうか。それとも勤務先会社でしょうか。本稿では、源泉所得税の基本構造から整理し、この「空白」に見える論点を考察します。
源泉徴収義務者の原則構造
源泉徴収制度は、原則として「給与等の支払者」が徴収義務を負う仕組みです。給与が現金支給であった時代は、支給場所がそのまま義務主体となる構造でした。現在は振込支給が一般的であるため、給与支払事務を行う本社が源泉徴収義務者となるケースが多くなっています。
また、居住者・非居住者の区分、国内払い・国外払いの別、国内事務所等の有無によっても源泉徴収の要否は変わります。近年はグローバル化により、この特定作業自体が複雑化しています。
そのような中で、SO行使に伴う経済的利益の源泉徴収義務者が明確に整理されていないことは、制度上の空白のようにも見えます。
ストックオプション課税の基本構造
税制非適格SOの場合、行使時に以下の経済的利益が給与所得として課税されます。
株式の時価
-(新株予約権の取得価額+払込金額)
この利益は、人的役務提供の対価として位置付けられます。したがって、給与所得に該当します。
問題は、この「給与」を誰が支払ったと解するのかです。
発行会社か、勤務会社か
典型的なケースを想定します。
・外国親会社がSOを発行
・日本子会社の役員・従業員が付与を受ける
・行使により経済的利益が発生
この場合、人的役務の提供先は日本子会社です。したがって、「給与の実質的支払者は子会社」と解釈する考え方も成り立ちます。
しかし、国税庁のQ&Aでは、「発行会社が源泉徴収義務者」と明示されています。
ここで重要なのは、源泉徴収制度は「経済的利益の発生主体」に着目する制度であるという点です。SOによる利益は、発行会社の株式を取得することによって生じます。したがって、その利益の発生源は発行会社にあります。
この構造理解に立てば、発行会社が源泉徴収義務者となるという整理は制度論的に整合します。
実務上の最大の問題点
理論構造は理解できても、実務では重大な問題が生じます。それは「納付原資の確保」です。
SO行使時には現金支給がありません。株式取得により経済的利益が生じるだけです。そのため、源泉税を徴収するには、行使者から現金を受け取る必要があります。
発行会社が海外法人である場合、
・どのように徴収するのか
・乙欄適用となるのか
・国内子会社との役割分担はどうなるのか
といった具体論が浮上します。
制度上は「発行会社が義務者」であっても、実務では国内子会社が実務を担っているケースも少なくありません。
乙欄適用の問題
発行会社が給与支払者であるとすれば、日本子会社とは別の給与支払者となります。その場合、源泉徴収は原則として乙欄適用となります。
これは、行使者の税負担を大きく左右します。想定外の税額控除不足や過大徴収が生じる可能性もあります。
さらに、外国法人が源泉徴収義務者となる場合、国内事務所の有無や国内代理人の関与の有無によっても整理が変わり得ます。
この点について、より詳細なQ&Aや実務指針が存在しても不思議ではありません。
なぜ明文化が少ないのか
SO税制は本来、ベンチャー支援や報酬設計の一環として整備された制度です。そのため、課税論は整備されてきましたが、源泉徴収実務は副次的に扱われてきた側面があります。
しかし、グローバル報酬設計が一般化した現在、この論点はもはや周辺論点ではありません。
特に、
・クロスボーダーグループ
・外国親会社型報酬設計
・上場準備会社
にとっては、源泉徴収義務者の誤認は重大な税務リスクとなります。
結論
SO行使時の給与課税に係る源泉徴収義務者は、国税庁の整理に従えば「発行会社」です。しかし、制度構造と実務運用の間には依然としてギャップが存在します。
源泉徴収義務者の特定は、単なる形式論ではなく、
・納付原資の確保
・乙欄適用の可否
・国外法人の義務履行体制
という実務的論点に直結します。
SO設計を行う段階で、課税論だけでなく源泉徴収実務まで含めた設計が不可欠です。ここに、税理士の関与余地があります。
制度の条文に明文がないからこそ、実務家の整理力が問われる分野といえるでしょう。
参考
・税のしるべ 2026年2月23日号 連載「源泉所得税の不思議」第8回
・国税庁「令和7年度 源泉徴収のあらまし」
・国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」
