中小企業のガバナンスは、制度の豪華さではなく、設計の精度で決まります。
しかし現実には、経営者は忙しく、社内に専門人材を置く余裕もありません。
そこで鍵になるのが、外部専門家の役割です。
ひとり税理士は、規模では不利でも、機動力と専門性、そして経営者との距離の近さという強みを持っています。本稿では、ひとり税理士が提供できる中小企業向けガバナンス支援モデルを整理します。
1. 月次対話型モデル―“疑似社外取締役”機能
中小企業に最も不足しているのは、経営者に率直に意見を言う存在です。
月次試算表の報告を単なる数値説明で終わらせず、以下を対話に組み込みます。
・売上構造の変化
・資金繰りリスクの兆候
・原価率や粗利率の異常値
・投資判断の妥当性
ここで重要なのは、「税務処理の正否」ではなく「経営判断の合理性」を問いかけることです。
社外取締役を置けない企業でも、対話設計次第で疑似的なガバナンス機能を持たせることができます。
2. 簡易内部統制チェックモデル
中小企業に高度な内部統制制度は不要です。しかし最低限の統制は必要です。
ひとり税理士が提供できるのは、簡易チェックリスト型の統制確認です。
・現金管理と記帳は分離されているか
・振込承認は二重化されているか
・月次締めは翌月◯日以内か
・棚卸資産の実地確認は行われているか
・役員貸付金は適正か
これらを年1回レビューするだけでも、不正リスクは大きく低減します。
制度構築よりも、運用確認の方が中小企業では効果的です。
3. 危機対応事前設計モデル
不正やトラブルは「起きない前提」で経営されがちです。しかし重要なのは、起きたときの動き方です。
あらかじめ以下を文書化します。
・不正疑い発覚時の報告経路
・外部専門家への連絡先
・金融機関への説明方針
・取引先への公表基準
この設計は、企業の信用を守る“保険”のような役割を果たします。
4. 事業承継前ガバナンス整備モデル
事業承継時には、財務の透明性が問われます。
承継前に以下を整備することで、企業価値の毀損を防げます。
・役員報酬の合理性整理
・関連当事者取引の明確化
・資産評価の適正化
・内部管理体制の文書化
承継は、ガバナンスを見直す最大の機会です。
5. AI活用型モニタリング支援
ひとり税理士の制約は時間です。そこでAIの活用が重要になります。
・異常値検知
・資金繰り予測
・粗利率変動アラート
・役員貸付金の推移分析
これらを自動化することで、少人数でも高度なモニタリングが可能になります。
AIは人を置き換えるのではなく、監視の網を広げる道具です。
6. 報酬モデルの再設計
ガバナンス支援は「追加業務」ではなく「付加価値業務」です。
・月次対話型顧問料
・年次内部統制レビュー料
・承継前整備パッケージ
・危機対応設計パッケージ
申告報酬と切り分けることで、専門性の価格が明確になります。
価格設計は、専門家としての立ち位置を決めます。
結論
ひとり税理士は、単なる申告代理人ではありません。
・対話による経営支援
・簡易統制設計
・危機対応準備
・承継前整備
・AI活用モニタリング
これらを統合すれば、中小企業にとって実質的なガバナンス支援者になれます。
ガバナンスは「監視」ではなく、「経営を続けるための設計」です。
ひとり税理士の価値は、規模ではなく設計思想で決まります。
参考
日本経済新聞 2026年2月28日朝刊
「相次ぐ会計不正、識者に聞く」
「発覚備え体制整備を」
「監査、内外で連携必要」
