極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の強化は、富裕層の所得設計だけでなく、企業オーナーの資本政策にも影響を及ぼします。とりわけ事業承継局面では、配当を抑えて内部留保を積み上げるのか、それとも配当を出して個人側に資金を移すのかという判断が、非上場株の評価額に直結します。
本稿では、非上場株評価の基本構造を踏まえたうえで、「留保政策が株価を押し上げる問題」を実務的に整理します。
非上場株評価の基本構造
相続税・贈与税における非上場株の評価は、原則として財産評価基本通達に基づき行われます。会社規模や株主構成に応じて、類似業種比準価額方式、純資産価額方式、またはその併用方式が適用されます。
重要なのは、いずれの方式でも「会社の純資産」や「利益水準」が評価に反映される点です。
・内部留保が積み上がれば純資産価額が上昇する
・利益水準が高ければ類似業種比準価額も押し上げられる
したがって、会社に利益を留保し続ける政策は、原則として株価を押し上げる方向に作用します。
留保政策と株価上昇の構造
オーナー経営者が配当を抑え、利益を社内に留める理由はさまざまです。
・成長投資のための資金確保
・金融機関からの信用力維持
・将来の不確実性への備え
・所得税負担の回避
しかし、事業承継を控えた局面では、この内部留保の蓄積が相続税評価額の上昇という形で跳ね返ります。
例えば、毎期数億円規模で留保が積み上がる会社では、数年で純資産が大きく増加し、それに比例して株価が上昇します。結果として、相続時の評価額が想定以上に高額となり、納税資金確保が難しくなるケースが見られます。
「配当を出さないことが安全」とは限らない点が実務上の盲点です。
所得税とのトレードオフ
極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置が強化されると、オーナー個人が多額の配当を受け取る場合、追加的な税負担が発生する可能性があります。
そのため、
・配当を抑えて法人に留保する
・役員報酬を抑制する
といった選択が合理的に見える局面が増えます。
しかし、配当を抑制すればするほど純資産が増加し、株価が上昇し、将来の相続税負担が増える可能性があります。
ここに、所得税最適化と相続税最適化のトレードオフが存在します。
株価上昇リスクへの実務的対応
非上場株の評価額上昇リスクに対しては、単なる配当増減ではなく、総合的な資本政策が必要です。
1. 配当水準の戦略的設計
配当をゼロか最大かで判断するのではなく、
・株価水準
・将来の承継時期
・個人の税負担状況
を踏まえて、複数年単位で調整する視点が重要です。
2. 自社株移転のタイミング管理
株価が相対的に低い局面で、
・贈与
・事業承継税制の活用
・持株会社設立
などを検討することは一般的な手法です。留保が膨らむ前に一定割合を移転する設計は、評価圧縮の観点から合理性があります。
3. 余剰資金の活用
過度な内部留保は株価を押し上げる要因となります。
・設備投資や成長投資への再配分
・不要資産の整理
・資本政策の見直し
といった企業価値向上策と税務設計を両立させる視点が求められます。
留保政策をどう位置付けるか
内部留保は悪ではありません。むしろ健全経営の基盤です。しかし、承継局面では「どこまでが事業上必要な留保か」という検討が不可欠になります。
過度な留保は、
・株価上昇
・相続税増加
・後継者の納税資金不足
という形で承継リスクに転化します。
一方で、過度な配当は、
・所得税負担増
・法人の財務基盤弱体化
を招く可能性があります。
両者の均衡点を見極めることが、設計の核心です。
今後の分岐点
極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置が強化されるほど、オーナー経営者は「法人に留めるか、個人に移すか」という判断をより慎重に行う必要があります。
制度変更が相続税評価のルールそのものを変えなくても、資本政策の意思決定を通じて株価に影響を与えます。
所得税と相続税を切り分けて考える時代から、両者を一体として設計する時代へと移行しつつあります。
結論
非上場株評価における最大の論点は、内部留保が株価を押し上げる構造にあります。極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の強化は、配当抑制の誘因を生みやすく、それが結果として相続税負担を増やす可能性があります。
株価が上がる問題を回避するためには、配当政策、資本政策、承継時期、納税資金計画を総合的に設計する必要があります。税率だけに着目するのではなく、企業価値と承継可能性のバランスを見据えた長期的視点が不可欠です。
参考
税のしるべ「極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の適用がある場合の申告書等の記載例を公表」2026年2月23日
自由民主党「令和8年度税制改正大綱」2025年12月公表
国税庁「財産評価基本通達」最新版
