野村HD・伊藤忠が挑む「従業員承継ファンド」──事業承継の新たな選択肢をどう見るか

税理士

事業承継は、日本経済にとって構造的な課題です。中小企業の多くが後継者不在に直面する中、親族内承継でも第三者承継でもない「従業員承継」を後押しする新たな仕組みが動き始めました。

野村ホールディングスと伊藤忠商事などが立ち上げるファンドは、オーナー経営者から株式を買い取り、後継者となる従業員に段階的に経営権を移す仕組みを構築します。本稿では、このスキームの構造と意義、そして税務・実務上の論点について整理します。


従業員承継ファンドの仕組み

報道によれば、本ファンドは以下のような流れを想定しています。

  1. ファンドがオーナーから保有株式を取得
  2. 会社が後継候補者にストックオプション(SO)を付与
  3. ファンド保有株を会社が自社株買いし、消却
  4. 後継者がSOを行使して株式を取得
  5. 最終的に後継者が単独株主として経営権を確立

資金面では、従業員が一括で株式を買い取る必要がなくなり、段階的に持株比率を高められる設計です。ファンドは株式売却益や配当収入により収益を得ます。

出資者には三井住友信託銀行やfreee、日本M&Aセンターホールディングスなども名を連ねています。単なる金融支援ではなく、M&A・会計・信託機能を組み合わせた総合支援モデルと位置付けられます。


なぜ「従業員承継」が難しかったのか

従来、従業員承継には主に三つの壁がありました。

① 資金負担の壁

企業価値が高いほど、株式取得に多額の資金が必要になります。金融機関からの借入に依存すると、個人保証や過大なレバレッジが問題となります。

② 株式分散のリスク

相続によって株式が親族間で分散すると、意思決定の遅延や経営の不安定化を招きます。

③ 心理的ハードル

従業員にとって、いきなり多額の債務を負う形で経営者になることは大きなリスクです。

今回のファンドは、これらを構造的に解消しようとする点に特徴があります。


税務上の論点

本スキームは金融的には合理的ですが、税務面では慎重な設計が必要です。

1. ストックオプション課税

税制適格SOの要件を満たすか否かで課税タイミングが大きく変わります。適格要件を外れる場合、行使時課税となり、後継者に予期せぬ資金負担が生じます。

2. 自社株買いの税務

自社株買いによるみなし配当課税の整理が必要です。ファンド側の税務処理も含め、事前のシミュレーションが不可欠です。

3. 相続税・贈与税との関係

事業承継税制(特例措置)との整合性をどう図るか。オーナーが存命中に売却するケースと、相続後に整理するケースでは税負担が大きく異なります。


金融所得課税一体化との接点

現在議論されている金融所得課税の一体化が進めば、株式譲渡益・配当課税のあり方が見直される可能性があります。ファンド収益や後継者の株式取得戦略にも影響を与えるでしょう。

税制が変動する局面では、承継スキームの設計はより高度になります。制度変更リスクを織り込んだ設計が求められます。


MBOとの違い

一見するとMBO(経営陣による買収)に近い構造ですが、以下の点で異なります。

  • 過度なレバレッジに依存しない
  • 長期(10年以上)で持分移転
  • 外部ファンドが段階的に退出

中小企業に適した「ソフトランディング型MBO」とも評価できます。


今後の広がり

地方銀行などからの出資拡大を目指すと報じられています。地域金融機関が承継支援のハブとなる可能性もあります。

特に、親族内承継が困難な企業にとっては有力な選択肢となり得ます。一方で、ファンドの投資基準に合わない小規模企業は対象外となる可能性もあります。


結論

今回のファンドは、単なる金融商品ではなく、事業承継モデルの再設計といえます。

「資金不足」と「株式分散」という二大課題を、金融と制度設計で解決しようとする試みです。

ただし、税務・法務・会計の総合的な設計が前提となります。形式的に導入すればよいものではありません。

中小企業の事業承継は、今後ますます「金融工学」と「税制理解」の融合が問われる分野になるでしょう。


参考

日本経済新聞 2026年2月23日朝刊
野村HD・伊藤忠、中小後継者の資金負担軽く

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