人生100年時代に私たちはなぜ分断されるのか データ社会と新しい大衆編

人生100年時代
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私たちは多様性の時代に生きていると言われています。

価値観は多様化し、働き方も生き方も自由になりました。テレビが国民全員の共通話題だった時代は終わり、SNSや動画配信サービスによって一人ひとりが異なる情報に接するようになっています。

しかし、その一方で社会の分断や対立はむしろ深まっているようにも見えます。政治的な対立、世代間対立、男女対立、地域対立、さらにはSNS上での激しい誹謗中傷や炎上も日常的に見られるようになりました。

なぜ多様化したはずの社会で、人々は同じ方向に熱狂し、時に対立を深めるのでしょうか。

その背景には、現代社会における新しい「大衆」の誕生があるのかもしれません。

かつて語られた「大衆社会」

20世紀前半、多くの社会学者や政治学者は「大衆社会」を重要なテーマとして研究しました。

大衆とは、不特定多数の人々が巨大な集団となり、似たような価値観や行動を共有する状態を指します。

当時はラジオや新聞、テレビなどのマスメディアが急速に発達し、同じ情報が全国へ一斉に届けられる時代でした。

その結果、多くの人々が同じ商品を買い、同じ番組を見て、同じニュースを共有するようになりました。

一部の研究者は、このような状況が民主主義を危険にすると警告しました。

人々が自ら考えるのではなく、感情的なメッセージに流されやすくなるからです。

第二次世界大戦前後には、全体主義国家の台頭もあり、大衆が政治的熱狂に巻き込まれる危険性が強く意識されていました。

インターネットが終わらせたはずの大衆社会

ところが21世紀になると状況は大きく変わります。

インターネットの普及によって、誰もが自由に情報を発信できるようになりました。

新聞やテレビだけが情報源だった時代は終わり、人々はそれぞれ異なる情報に触れるようになります。

趣味も価値観も働き方も細分化されました。

一見すると、大衆社会は終わったように見えました。

しかし実際には、別の形の大衆が誕生していたのです。

SNS上では、特定の話題に対して何万人、何十万人もの人が一斉に反応します。

ある発言が炎上し、特定の人物が突然支持を集めたり批判を浴びたりします。

陰謀論や偽情報が瞬く間に広がることもあります。

多様化した社会の中で、新しい形の「集団的熱狂」が生まれているのです。

現代の大衆を生み出すもの

かつてはテレビや新聞が大衆を形成しました。

しかし現代では、より強力な仕組みが存在します。

それがデータです。

私たちは日常生活のあらゆる場面でデータを生み出しています。

検索履歴
閲覧履歴
購買履歴
位置情報
SNSの投稿
動画の視聴時間

これらはすべてデータとして蓄積されています。

そして企業は膨大なデータを分析し、一人ひとりの興味や関心を予測しています。

私たちが何に興味を持つのか。

どのような商品を買うのか。

どのような政治的主張に反応するのか。

その傾向までもが分析されているのです。

なぜ対立や炎上が増えるのか

SNS企業の収益源は広告です。

広告収入を増やすためには、利用者に長時間サービスを使ってもらう必要があります。

そのためには、人の感情を強く刺激するコンテンツが有利になります。

怒り
不安
恐怖
嫉妬
対立

こうした感情は、人間の注意を引きつけやすい特徴があります。

その結果、穏やかな情報よりも刺激的な情報が拡散されやすくなります。

対立が対立を呼び、炎上が炎上を生みます。

そして利用者は知らないうちに似た考えを持つ人々の集団へと集められ、自分たちと異なる意見を持つ人々を敵視しやすくなります。

これは個人の性格の問題ではありません。

現代のデジタル環境そのものが、そのような行動を促しやすい構造を持っているのです。

AI時代に起きる新しい課題

生成AIの普及は、この流れをさらに加速させる可能性があります。

AIは利用者ごとに最適化された情報を提供できます。

便利である一方で、人々はますます自分の好みに合った情報だけを見るようになるかもしれません。

異なる価値観に触れる機会は減少し、自分の考えが絶対に正しいと思い込みやすくなります。

また、AIによって作られた偽情報や画像、動画が大量に流通する可能性もあります。

これまで以上に情報の真偽を見極める力が求められる時代になるでしょう。

人生100年時代に必要な力

では、私たちはどうすればよいのでしょうか。

最も重要なのは、自分自身で考える習慣を失わないことです。

SNSのアルゴリズムは、私たちが見たい情報を優先的に表示します。

しかし、本当に必要なのは見たい情報ではなく、知るべき情報かもしれません。

異なる意見に耳を傾けること。

長い文章を読むこと。

歴史や統計に触れること。

複数の情報源を比較すること。

こうした地道な行動こそが、自律的な判断力を守ります。

人生100年時代は、AIやデータ技術がさらに発達する時代でもあります。

便利さを享受しながらも、自分の判断を他人やアルゴリズムに委ねない姿勢が重要になります。

情報発信者に求められる役割

情報発信者にも大きな責任があります。

アクセス数やフォロワー数だけを追い求めれば、刺激的な言葉や対立をあおる表現に流れやすくなります。

しかし、本当に価値のある発信とは、人々の理解を深める発信ではないでしょうか。

人生100年時代には、知識を伝える人だけでなく、考えるきっかけを与える人の価値が高まります。

読者の不安や怒りを利用するのではなく、自ら判断する力を支える発信が求められるのです。

結論

かつての大衆社会はテレビや新聞によって形成されました。

現代の大衆社会は、データとアルゴリズムによって形成されています。

私たちは多様化した社会に生きているようでいて、実は見えない仕組みによって同じ方向へ誘導される危険も抱えています。

人生100年時代に必要なのは、情報を受け取る力だけではありません。

自分で考え、自分で判断し、自分で選択する力です。

データ社会が進展するほど、その価値はますます高まっていくでしょう。

参考

日本経済新聞 2026年6月10日 朝刊 経済教室
山腰修三「新しい大衆の姿(上) 多様な自己を喪失した人々」

慶應義塾大学 山腰修三教授のメディア研究・大衆社会論関連論考

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