職場におけるパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントに加え、近年はカスタマーハラスメント(カスハラ)が大きな社会問題となっています。
これまでハラスメントは主に組織内部の問題として語られてきました。しかし、顧客や取引先、さらには地域社会やSNSなど、私たちが関わるあらゆる場面で発生する問題へと広がっています。
2026年10月からは、すべての企業にカスハラ対策が義務付けられます。背景には、従業員の尊厳を守るだけでなく、人手不足が深刻化する社会において、安心して働ける環境づくりが不可欠になっているという事情があります。
人生100年時代を迎えた今、なぜハラスメントはなくならないのでしょうか。そして私たちはどのような社会を目指すべきなのでしょうか。
カスハラが社会問題になった背景
カスタマーハラスメントとは、顧客や利用者による理不尽な要求や過度なクレームなど、従業員の就業環境を害する行為を指します。
かつては「お客様は神様」という言葉のもとで、多くの企業が顧客対応を最優先してきました。
しかし近年では、
・長時間の謝罪要求
・土下座要求
・暴言や人格否定
・SNSでの晒し行為
・過剰な返金要求
などが深刻化しています。
特に接客業や医療・介護業界、公共サービスなどでは従業員の精神的負担が大きくなり、離職の原因にもなっています。
人手不足が深刻な日本において、従業員を守れない企業は人材を確保できなくなる時代に入りつつあります。
正当な苦情との違い
企業が最も悩んでいるのが、正当な意見や苦情とカスハラとの境界線です。
商品やサービスに問題があれば、利用者が改善を求めることは当然の権利です。
例えば、
・食品に異物が混入していた
・契約内容と異なるサービスだった
・重大なミスが発生した
といった場合には企業側に説明責任があります。
問題は、その後の要求が過剰になった場合です。
何度も謝罪を求める、担当者を長時間拘束する、人格を否定する発言を繰り返すなど、本来の問題解決から逸脱した行為はハラスメントになり得ます。
つまり重要なのは、
「要求内容の正当性」
だけでなく、
「要求手段の妥当性」
も同時に見ることです。
この両面から判断しなければなりません。
なぜ人はハラスメントをしてしまうのか
ハラスメント問題を考えるとき、加害者を単純に悪人として片付けるだけでは本質は見えてきません。
社会心理学では、人は自分に不満や不安があるとき、その感情を弱い立場の相手に向けやすいことが知られています。
職場でストレスを抱えている人が店員に怒鳴る。
家庭で孤独を感じている人が窓口職員に暴言を吐く。
取引先に追い詰められている管理職が部下に当たる。
このようにハラスメントは個人の性格だけでなく、社会全体のストレス構造とも深く結びついています。
経済的な不安、人間関係の希薄化、孤独感の増加などが重なることで攻撃的な行動が表面化しやすくなるのです。
表現の現場で起きるハラスメント
ハラスメントは接客現場だけの問題ではありません。
映画、音楽、美術、アニメなどの創作現場でも深刻な問題が報告されています。
表現活動の世界では、
「才能がある人には逆らえない」
「作品のためなら我慢すべき」
という空気が存在することがあります。
その結果、
・暴言
・威圧的指導
・身体的接触
・人格否定
などが正当化されやすくなります。
さらに被害者自身が、
「自分の実力不足だからだ」
と考え、被害を認識できない場合もあります。
これは組織内のパワーハラスメントでも共通する構造です。
権力格差が大きい環境ほど、被害者は声を上げにくくなります。
人生100年時代に求められる相互尊重
人生100年時代には、多くの人が70歳、80歳になっても社会と関わり続けます。
会社員として働く人だけでなく、
・フリーランス
・個人事業主
・地域活動の担い手
・シニア起業家
など多様な立場で社会参加するようになります。
そのとき重要になるのは、上下関係ではなく相互尊重の考え方です。
顧客だから偉いわけではありません。
従業員だから我慢すべきでもありません。
管理職だから威張ってよいわけでもありません。
また被害者にならないだけでなく、自分自身が無意識の加害者にならない意識も必要です。
長年の経験や実績を持つシニアほど、自分の価値観を絶対視しやすくなる危険があります。
人生後半戦こそ、
「自分の常識は他人の常識ではない」
という姿勢が重要になります。
共生社会に必要な新しいルール
今後の日本社会では、高齢者、外国人、障害者、若年層など、多様な人々が共に働き、生活する時代になります。
価値観の違いはさらに大きくなるでしょう。
その中で必要なのは、
我慢ではなくルール
感情ではなく対話
権力ではなく尊重
です。
企業によるマニュアル整備や相談窓口の設置も重要ですが、それだけでは十分ではありません。
社会全体で、
「人を傷つける行為は許さない」
という共通認識を持つことが求められます。
ハラスメント対策とは単なるトラブル防止ではありません。
誰もが安心して働き、安心して暮らせる共生社会を実現するための基盤づくりなのです。
結論
カスタマーハラスメントをはじめとするハラスメント問題は、一部の特殊な人による問題ではありません。
社会のストレス構造や権力関係、人間関係のあり方が映し出された現象でもあります。
人生100年時代には、長く社会と関わり続けるからこそ、人との関係性が人生の質を左右します。
相手を支配する社会ではなく、相手を尊重する社会へ。
企業も個人も、その方向へ価値観を転換できるかどうかが問われています。
ハラスメントのない社会とは、単にトラブルが少ない社会ではありません。
誰もが安心して意見を言い、安心して働き、安心して年齢を重ねられる社会なのだと思います。
参考
・日本経済新聞 2026年6月10日 朝刊「カスハラ対策、企業6割『まだ』」
・日本経済新聞 2026年6月10日 朝刊「ハラスメント、表現の現場でも 被害者に聞き取り調査」