株価が異常なほど上昇しているとき、多くの人は心のどこかで「これは行き過ぎではないか」と感じています。
それにもかかわらず、人々は投資を続けます。
1980年代後半の日本の不動産バブル、2000年のITバブル、2008年前後の住宅バブル、そして現在のAI関連株ブームに至るまで、その光景は何度も繰り返されてきました。
不思議なのは、後から振り返れば明らかに高値だったとしても、その最中には多くの人が参加してしまうことです。
なぜ人はバブルだと分かっていても市場に飛び込むのでしょうか。
今回は行動経済学の視点から、その理由を考えてみたいと思います。
人は合理的に行動しない
経済学では長らく、人は合理的に行動すると考えられてきました。
価格が高すぎれば買わない。
損をしそうなら投資しない。
これが合理的な判断です。
しかし現実の人間はそうではありません。
感情に左右されます。
周囲の影響を受けます。
将来を過度に楽観視します。
行動経済学は、人間が必ずしも合理的ではないことを研究する学問です。
バブルもまた、人間の心理によって生み出される現象と考えられています。
周囲と同じ行動を取りたくなる群集心理
人間は社会的な生き物です。
集団の中で生き延びてきた長い歴史の中で、「みんなと同じ行動を取る」という性質を身につけました。
これを群集心理と呼びます。
投資の世界では、
友人が儲かっている
同僚が買っている
テレビで連日報道される
SNSで成功体験が拡散される
という状況になると、自分だけ取り残されることに不安を感じます。
本来なら「高すぎる」と考えるべき場面でも、
「みんなが買っているなら大丈夫だろう」
という心理が働きます。
バブルの終盤になるほど、この傾向は強くなります。
機会損失への恐怖
行動経済学では、人は利益を得る喜びよりも損失の痛みを強く感じることが知られています。
ところが投資の世界では、別の損失も存在します。
それは「儲け損なうこと」です。
周囲の人が資産を増やしているのに、自分だけ参加していない。
その状況は実際に損をしていなくても、心理的には損失として認識されます。
近年は「FOMO(Fear Of Missing Out)」という言葉も広く知られるようになりました。
取り残される恐怖です。
AI株が上がる。
半導体株が上がる。
暗号資産が上がる。
すると、
「今買わないと一生後悔するかもしれない」
という感情が生まれます。
これが冷静な判断を難しくします。
自分だけは逃げられると思う過信
バブル期には、多くの人がこう考えます。
「確かに高い」
「いつか下がるだろう」
「でも自分はその前に売れる」
これは過信バイアスと呼ばれる心理です。
人は自分の能力を実際以上に高く評価する傾向があります。
交通事故に遭う確率は低いと思う。
自分だけは病気にならないと思う。
投資でも同じです。
しかし実際には、バブル崩壊のタイミングを正確に予測できる人はほとんど存在しません。
むしろ最後まで楽観論が続くため、多くの人は逃げ遅れます。
利益が利益を呼ぶ自己強化ループ
バブルが恐ろしいのは、価格上昇そのものがさらなる価格上昇を呼ぶことです。
株価が上がる。
利益を得た人が増える。
成功体験が広がる。
新たな資金が流入する。
さらに株価が上がる。
この循環が続きます。
行動経済学では、人は目の前の成功例を過大評価する傾向があるとされています。
投資で大きく儲けた人は目立ちます。
一方で損失を抱えた人はあまり語りません。
その結果、市場全体が成功者ばかりに見えてしまいます。
ナラティブが人を動かす
近年の金融市場では「ナラティブ」という言葉がよく使われます。
物語です。
鉄道が世界を変える。
インターネットが社会を変える。
AIが人類を変える。
こうした物語は多くの場合、実際に正しいのです。
問題は、その期待が過剰になることです。
人は数字よりも物語に反応します。
企業業績やPERよりも、
「未来はこうなる」
というストーリーに魅力を感じます。
バブルとは、物語が現実を追い越した状態とも言えるでしょう。
歴史は何度も繰り返される
17世紀のチューリップ投機。
18世紀の南海泡沫事件。
19世紀の鉄道ブーム。
20世紀のITバブル。
21世紀の住宅バブル。
時代ごとに対象は変わります。
しかし人間心理はほとんど変わっていません。
欲望。
不安。
期待。
嫉妬。
楽観。
こうした感情が市場価格を押し上げます。
テクノロジーは進歩しても、人間の心は何百年前と大きく変わらないのです。
投資家が学ぶべきこと
バブルを完全に避けることは難しいかもしれません。
なぜなら誰もその最中に「今が天井だ」と断言できないからです。
しかし、自分自身の心理を理解することはできます。
なぜ買いたいのか。
将来性を信じているのか。
それとも周囲が儲かっているからなのか。
冷静に問い直す習慣は大切です。
投資の最大の敵は市場ではありません。
多くの場合、自分自身の感情です。
行動経済学は、そのことを私たちに教えてくれています。
結論
人はバブルだと分かっていても参加します。それは知識が不足しているからではなく、人間の心理そのものに理由があるからです。
群集心理、取り残される恐怖、自分だけは逃げられるという過信、そして未来への期待。これらが重なり合うことで市場の熱狂は生まれます。
歴史上のバブルは、技術や制度の違いこそあれ、人間心理の繰り返しでした。そして今後も同じことが起こるでしょう。
だからこそ投資家に必要なのは、未来を完璧に予測する能力ではありません。自分自身の感情を理解し、熱狂の中でも冷静さを保つ力です。
行動経済学は、投資の世界で最も重要な教訓の一つを示しています。それは「市場を知る前に、自分自身を知ること」なのかもしれません。
参考
日本経済新聞 2026年6月6日朝刊「ETF乱立、群がる個人 高リスク取引容易に」
ロバート・シラー『根拠なき熱狂』
ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』
リチャード・セイラー『行動経済学の逆襲』
ウィリアム・クイン、ジョン・D・ターナー『Boom and Bust: A Global History of Financial Bubbles』