2026年も高水準の賃上げが続いています。大企業だけでなく、中小企業でもベースアップを実施する動きが広がり、「賃上げ疲れ」という言葉も聞かれるようになりました。
そのなかで、多くの経営者が悩んでいるのが、
- ベースアップを優先すべきか
- 賞与で調整すべきか
という問題です。
社員側から見れば、「月給が上がるほうが安心感がある」と感じやすい一方、企業側から見ると、ベースアップは固定費増加につながるため、経営への影響は極めて大きくなります。
人口減少と人手不足が続く時代において、企業は「どこまで固定費を増やせるのか」という難題に直面しているのです。
ベースアップは「固定費の永久増加」である
ベースアップの最大の特徴は、一度引き上げると簡単には下げられないことです。
たとえば月額1万円のベースアップを100人の会社で実施すると、
- 年間人件費増加:約1,200万円
- 社会保険料会社負担増
- 退職金算定基礎増
- 残業単価増
などが連動して発生します。
しかも、この負担は翌年以降も継続します。
つまり、ベースアップとは単なる「給与増」ではなく、企業の固定費構造そのものを書き換える行為なのです。
景気後退や業績悪化が起きても、固定費は簡単には下げられません。
そのため、中小企業ほどベースアップには慎重にならざるを得ないのです。
賞与は「調整可能な人件費」である
これに対して賞与は、業績連動性を持たせやすい特徴があります。
企業業績に応じて、
- 増やす
- 据え置く
- 減らす
という調整が比較的しやすいためです。
経営側から見ると、賞与は「変動費的な人件費」として機能します。
特に景気変動の大きい業種では、
- 固定費を増やしすぎない
- 利益変動に応じて調整する
- キャッシュ流出をコントロールする
という意味で、賞与重視型の給与設計が合理的な場合があります。
製造業などで「月給は抑えめだが賞与が厚い」という文化が根強いのは、こうした事情も背景にあります。
なぜ今、企業はベースアップを迫られているのか
しかし近年は、「賞与中心」では人材確保が難しくなっています。
その理由は、社員が求めるものが変わってきたためです。
社員側は、
- 毎月の生活費上昇
- 住宅ローン負担
- 教育費増加
- 将来不安
を抱えています。
賞与は将来保証されるものではありません。
そのため、
「賞与が高い会社」
よりも、
「月給が安定して高い会社」
を選ぶ傾向が強まっています。
特に若年層ほど、この傾向は顕著です。
つまり現在の賃上げ競争は、「安心感競争」の側面を持ち始めているのです。
ベースアップ偏重には危険もある
もっとも、ベースアップを過度に進めることには危険もあります。
人件費固定化が進むと、
- 景気悪化時に耐えられない
- 採用余力が失われる
- 投資余力が減る
- 設備更新が止まる
といった問題が起こります。
特に中小企業では、
- 価格転嫁が難しい
- 利益率が低い
- 売上変動が大きい
という事情があるため、固定費膨張は経営リスクに直結します。
近年は「賃上げできない企業は悪」という空気もありますが、無理な固定費増加は、結果的に企業存続を危うくする可能性もあります。
本当に重要なのは「総額」ではなく「納得感」
実際には、
- ベースアップ型
- 賞与重視型
のどちらが正しいかを一律に決めることはできません。
重要なのは、
- 自社の利益構造
- 売上変動性
- 人材採用市場
- 年齢構成
- 将来投資計画
に応じて設計することです。
また、社員側も単純な年収総額だけでなく、
- 給与の安定性
- 評価の透明性
- 将来の昇給見通し
- 働きやすさ
を重視するようになっています。
つまり、これからの人事制度では、「いくら払うか」だけではなく、
「なぜこの配分なのか」
を説明できることが重要になります。
「固定費を増やせる会社」が強い時代になるのか
人口減少社会では、人材確保そのものが企業競争力になります。
その結果、今後は、
- 安定的に固定費を払える企業
- 高付加価値を維持できる企業
- 価格転嫁できる企業
が、人材市場でも優位になる可能性があります。
逆に、
- 低価格競争依存
- 人件費抑制依存
- 長時間労働依存
の企業モデルは、維持が難しくなっていくかもしれません。
つまり、ベースアップ問題は単なる賃金論ではなく、
「その会社のビジネスモデルが持続可能か」
を問うテーマでもあるのです。
結論
ベースアップと賞与は、単純な二者択一ではありません。
- ベースアップは「安心感」を生む
- 賞与は「柔軟性」を生む
という異なる役割があります。
しかし人口減少社会では、「柔軟性」だけでは人が集まりにくくなっています。
その一方で、固定費を増やしすぎれば企業経営は不安定になります。
これからの企業経営では、
- どこまで固定費を増やせるのか
- どこまで利益率を維持できるのか
- 人材投資をどう持続するのか
が、経営そのものを左右するテーマになっていくのでしょう。
参考
・企業実務 2026年6月号
「中小企業の今夏賞与の支給相場を予測する」大槻幸雄