総務省によれば、日本の高齢化率は過去最高を更新し続けています。平均寿命は男女ともに80歳を超え、「長寿社会」はすでに現実のものとなりました。
しかし、長生きそのものが問題なのではありません。
問題は、「誰と」「どのように」老いていくのか、そして「誰に支えられながら」人生の最終段階を迎えるのかという点にあります。
近年、「多死社会」という言葉を耳にする機会が増えました。これは単に死亡者数が増える社会という意味ではありません。むしろ、その背景にある「単独世帯化」「家族機能の変化」「孤立」「死後対応の不在」といった構造変化こそが、本質的な問題として浮かび上がっています。
今回の記事では、単独世帯の増加を入り口として、多死社会の実相と今後の社会課題について考えてみたいと思います。
単独世帯が「最も多い世帯類型」になった社会
2020年国勢調査では、「単独世帯」が全世帯の38.1%を占め、最も多い世帯類型となりました。
かつて日本では、「夫婦+子ども」という核家族モデルが標準的な家族像と考えられてきました。しかし現在は、その前提自体が変化しています。
単独世帯には、若年未婚者だけでなく、配偶者と死別した高齢者も多く含まれます。
特に高齢期では、
- 配偶者の死亡
- 子どもの独立
- 未婚化
- 離婚
- 地域関係の希薄化
などが重なり、「ひとりで暮らす高齢者」が急増しています。
つまり、多死社会とは「高齢者が増える社会」であると同時に、「ひとりで老いる人が増える社会」でもあるのです。
家族が「最後の支え」でなくなりつつある現実
従来、日本社会では高齢者支援の多くを家族が担ってきました。
- 病院への付き添い
- 介護
- 金銭管理
- 入退院手続
- 葬儀
- 納骨
- 相続手続
こうした役割は、暗黙のうちに家族が引き受けるものとされてきました。
しかし、単独世帯化が進む中で、その前提は崩れつつあります。
特に問題となるのは、「頼れる人がいない高齢者」の増加です。
たとえば、
- 身元保証人がいない
- 緊急連絡先がない
- 死後事務を担う人がいない
- 財産整理を依頼する相手がいない
といったケースは、すでに珍しいものではありません。
これは単なる個人の問題ではなく、社会インフラの問題になりつつあります。
「孤独死」は特殊事例ではなくなるのか
かつて「孤独死」は特殊なケースとして語られていました。
しかし現在では、単独世帯の増加によって、「家族に看取られない死」は今後さらに一般化していく可能性があります。
重要なのは、「孤独死=不幸」という単純な話ではないことです。
むしろ問題は、
- 発見まで時間がかかる
- 財産管理が止まる
- 空き家化する
- 相続人不明になる
- 地域の処理負担が増える
といった「死後の社会的混乱」が拡大することにあります。
つまり、多死社会では「死そのもの」よりも、「死後を誰が処理するのか」が大きな社会課題になるのです。
多死社会は「社会保障」の再設計を迫る
高齢化問題というと、年金や医療費が注目されがちです。
しかし、多死社会では、それだけでは不十分です。
今後は、
- 成年後見制度
- 身元保証
- 死後事務委任
- 相続・遺言
- 空き家対策
- 地域見守り
- 在宅医療
- 地域包括ケア
など、「生活支援」と「死後支援」を含めた制度設計が重要になります。
特に注目されるのは、「家族前提」で作られてきた制度の限界です。
たとえば病院の入院手続や介護施設入所では、現在も身元保証人を求められるケースが少なくありません。
しかし、単独世帯が標準化する社会では、「家族がいること」を前提とした制度設計そのものが機能しなくなる可能性があります。
士業や地域コミュニティの役割も変わる
この変化は、税理士・FP・司法書士・行政書士などの士業にも大きな影響を与えます。
従来の士業は、
- 相続発生後
- 死亡後手続
- 税務申告
など、「出来事が起きた後」の対応が中心でした。
しかし今後は、
- 生前の財産管理
- 見守り契約
- 死後事務設計
- 家族代替機能
- 地域との接続支援
など、「孤立を前提とした支援」が重要になる可能性があります。
つまり、多死社会とは、「人が多く亡くなる社会」ではなく、「支援の前提が変わる社会」でもあるのです。
結論
日本は今、「長寿社会」から「多死社会」へと移行しています。
しかし、その本質は単なる死亡者数の増加ではありません。
- 単独世帯の増加
- 家族機能の弱体化
- 孤立の拡大
- 死後対応の空白
- 支援者不在
といった構造変化こそが、多死社会の本当の課題です。
これまで日本社会は、「家族が何とかしてくれる」という前提で制度を構築してきました。
しかし、その前提は急速に崩れ始めています。
今後は、「家族がいないこと」を前提とした社会設計が必要になるのかもしれません。
そして、その変化は医療・介護だけではなく、税務、相続、金融、地域コミュニティ、さらには士業の役割そのものにも、大きな影響を与えていくことになるでしょう。
参考
・日本経済新聞 2026年5月26日朝刊
「多死社会の実相(1) 単独世帯増加が示唆する課題」 名古屋学院大学准教授 玉川貴子
・総務省「国勢調査」
・内閣府「令和4年版 男女共同参画白書」