日本では長年、「退職金」は会社員人生のゴールとして位置付けられてきました。
新卒で入社し、定年まで勤め上げ、その結果としてまとまった退職金を受け取る――。
このモデルは、日本型終身雇用と強く結びついていました。
しかし現在、日本社会は大きく変わり始めています。
- 転職の一般化
- ジョブ型雇用
- 70歳就業時代
- 確定拠出年金(DC)の拡大
- 人材流動化政策
などが進み、「一社で定年まで勤める」前提自体が揺らいでいます。
その結果、退職金制度そのものも大きな転換点を迎えています。
本記事では、「転職社会」のなかで退職金制度はどう変わっていくのかを考察します。
退職金制度は「終身雇用」とセットだった
日本の退職金制度は、単なる福利厚生ではありませんでした。
それは、
- 長期勤続への報酬
- 離職抑制
- 老後保障
- 賃金後払い
という役割を担っていました。
特に日本企業では、若い頃の賃金を抑え、その代わりに、
- 昇給
- 退職金
- 年金
で後年に報いる「後払い型賃金」が一般的でした。
つまり退職金は、
「長く勤めるほど有利」
な制度として設計されていたのです。
そのため、転職が増えると、この仕組みは成立しにくくなります。
「転職すると損をする」制度だった
従来型退職金制度では、勤続年数が極めて重要でした。
例えば、
- 10年勤務
- 20年勤務
- 30年以上勤務
では支給額が大きく変わる企業も少なくありません。
さらに退職所得控除も、
- 20年超で控除額が増える
という構造になっています。
つまり制度全体が、
「長期勤続を促す」
方向に設計されていたのです。
そのため、日本では長年、
「転職すると退職金で損をする」
と言われてきました。
これは終身雇用社会では合理的でしたが、転職社会とは必ずしも整合しません。
人材流動化と「持ち運べる資産」
近年、政府は人材流動化を強く打ち出しています。
背景には、
- 労働力不足
- 成長産業への人材移動
- 生産性向上
- 賃上げ促進
などがあります。
この流れのなかで重要視されているのが、
「ポータビリティ(持ち運び可能性)」
です。
つまり、
「会社を辞めても資産形成が継続できる仕組み」
です。
その代表例が、
- 確定拠出年金(DC)
- iDeCo
などです。
これらは、転職しても資産を持ち運ぶことができます。
つまり今後は、
「会社に蓄積される退職金」
から、
「個人が管理する老後資産」
へ比重が移る可能性があります。
確定給付型から確定拠出型へ
従来、日本企業では「確定給付企業年金(DB)」が中心でした。
これは、
「将来受け取れる金額を企業が保証する」
仕組みです。
しかし、この制度は企業にとって負担が重くなっています。
理由は、
- 長寿化
- 低金利
- 運用難
- 会計負担
です。
そのため近年は、
「確定拠出型(DC)」
への移行が進んでいます。
DCでは、企業は掛金だけを拠出し、運用責任は個人側へ移ります。
つまり、
「老後資産形成の責任」
が、企業から個人へシフトし始めているのです。
「退職金2,000万円時代」は維持できるのか
かつて日本では、
「定年退職時に2,000万円前後の退職金」
を受け取る大企業社員も珍しくありませんでした。
しかし現在は、
- 終身雇用の揺らぎ
- 転職増加
- 中途採用拡大
- 企業年金縮小
などによって、このモデルは変わり始めています。
特に転職回数が増えると、
- 勤続年数分散
- 退職金リセット
- DB対象期間短縮
などが起きます。
その結果、
「会社が老後資産をまとめて準備してくれる時代」
ではなくなりつつあります。
「退職金税制」は転職社会に対応できるのか
現在、退職所得課税には大きな優遇があります。
特に、
- 退職所得控除
- 2分の1課税
は非常に強力です。
背景には、
「長年の勤続への配慮」
という考え方があります。
しかし近年は、
- 転職増加
- 高所得者優遇批判
- 退職金偏重見直し
などから、制度見直し議論も出ています。
実際、近年は「5年ルール」見直しなど、退職金税制改正も進んでいます。
今後は、
「一社長期勤続前提」
から、
「複数社キャリア前提」
へ税制思想自体が変わる可能性があります。
「会社が守る老後」から「自分で守る老後」へ
日本型雇用では、会社が人生設計の一部を担っていました。
- 雇用
- 昇給
- 退職金
- 企業年金
を企業が用意していたのです。
しかし転職社会では、
「会社が人生を保証する」
モデルは維持しにくくなります。
その結果、
- NISA
- iDeCo
- 個人投資
- 自己運用
の重要性が高まっています。
つまり退職金制度の変化とは、
「老後責任の個人化」
でもあるのです。
それでも日本人は「退職金幻想」を持ち続けるのか
興味深いのは、日本人の多くが依然として、
- 退職金
- 大企業年金
- 安定雇用
への期待を持っている点です。
背景には、
- 老後不安
- 公的年金不安
- インフレ
- 長寿化
があります。
つまり今後は、
「企業に頼れない」
と言われながらも、
「何らかの安定資産を求める」
傾向が強まる可能性があります。
この意味で、退職金制度の変化は、単なる人事制度変更ではなく、日本人の資産形成観そのものの変化でもあるのです。
結論
「転職社会」の進展は、日本の退職金制度を大きく変え始めています。
従来の退職金制度は、
- 終身雇用
- 長期勤続
- 後払い賃金
を前提に成立していました。
しかし現在は、
- 転職増加
- 人材流動化
- DC拡大
- 老後資産の個人管理
が進み、「会社が老後を支える」仕組みは縮小しつつあります。
今後は、
「企業に積み上がる退職金」
から、
「個人が持ち運ぶ資産形成」
へ比重が移っていく可能性があります。
一方で、日本社会には依然として「安定志向」が根強く残っています。
そのため今後は、
- 個人責任型資産形成
- 安定保障への期待
が同時に存在する、複雑な時代へ向かうのかもしれません。
参考
・厚生労働省「就労条件総合調査」
・厚生労働省「高年齢者雇用安定法」
・金融庁「資産所得倍増プラン」
・企業年金連合会 各種資料
・日本経済新聞 各種雇用・退職金関連記事