再雇用後の給与減額はどこまで許されるのか ― 同一労働同一賃金と「60%基準」を考える

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定年後も働き続ける人が増えるなかで、「再雇用後に給与が大きく下がる」という問題は、多くの人にとって現実的なテーマになっています。

特に近年は、人手不足の深刻化もあり、企業側も高齢者雇用を拡大しています。しかし一方で、仕事内容がほとんど変わらないにもかかわらず、給与だけが大きく減額されるケースも少なくありません。

こうした状況のなかで注目されているのが、「同一労働同一賃金」と再雇用後の待遇格差をめぐる裁判例です。

本記事では、定年後再雇用における給与減額がどこまで許されるのかについて、近年の重要判例を踏まえながら整理します。

再雇用制度と「同一労働同一賃金」

現在、多くの企業では60歳定年後に「再雇用制度」を導入しています。

この場合、多くは1年更新型の有期雇用契約となり、法律上は「有期雇用労働者」として扱われます。

ここで問題になるのが、パートタイム・有期雇用労働法です。

この法律では、いわゆる「同一労働同一賃金」の考え方が定められています。

具体的には、以下のような観点から、不合理な待遇差を禁止しています。

  • 業務内容
  • 責任の程度
  • 配置転換の範囲
  • その他の事情

つまり、「同じ仕事をしているのに、単に有期雇用だから極端に待遇を下げること」は問題になり得るということです。

もっとも、法律は「すべて同一待遇」を求めているわけではありません。

合理的な理由がある待遇差は認められています。

そのため実務上は、

  • どこまでが合理的か
  • どこからが不合理か

という線引きが大きな争点になります。

長沢運輸事件 ― 手当の差はどこまで認められるのか

定年後再雇用をめぐる代表的判例として知られるのが、2018年の長沢運輸事件最高裁判決です。

この事件では、定年後再雇用された嘱託社員が、正社員時代と同じ業務を行っていたにもかかわらず、各種手当が支給されないことが争われました。

最高裁は、

  • 精勤手当
  • 能率給

などについては、不支給を不合理と判断しました。

一方で、

  • 住宅手当
  • 家族手当

については、不合理ではないと判断しています。

つまり最高裁は、「待遇差があるかどうか」ではなく、

  • その手当が何の目的で支給されているのか
  • 再雇用者との違いに合理性があるか

を重視したのです。

この考え方は、その後の同一労働同一賃金訴訟全体に大きな影響を与えています。

「基本給60%」は法律上の基準なのか

特に大きな注目を集めたのが、「名古屋自動車学校事件」です。

この事件では、定年後も同じ教習指導員として働いていたにもかかわらず、基本給が大幅に減額されたことが争われました。

定年前の基本給は約16〜18万円でしたが、再雇用後は約7〜8万円程度まで減額されていました。

地裁・高裁は、

「定年時基本給の60%を下回る部分は違法」

という趣旨の判断を示しました。

このため、「再雇用後の給与は最低60%必要」という理解が広く広まりました。

しかし、その後最高裁は、この判断をそのまま確定させませんでした。

最高裁が重視した「基本給の性質」

最高裁は、

  • 基本給が何に対する対価なのか
  • 職務給なのか
  • 年功的要素を含むのか
  • 能力評価を含むのか

といった「基本給の性質」を十分に検討すべきだと指摘しました。

つまり最高裁は、

「単純に60%を下回ったから違法」

という機械的な基準を示したわけではありません。

差し戻し後の高裁では、

  • 基本給は職務給としての性格が強い
  • 同じ教習業務を行っている
  • 若手社員との格差も大きい

などを考慮し、一部の給与減額を不合理と判断しました。

ただし、最終的に問題とされたのは「55〜57%を下回る部分」であり、必ずしも60%が絶対基準になったわけではありません。

なぜ企業は再雇用後に給与を下げるのか

企業側には企業側の事情もあります。

例えば、

  • 定年前提の賃金カーブ
  • 退職金制度との関係
  • 人件費管理
  • ポスト不足
  • 若手とのバランス

などです。

日本企業では長年、「年功的賃金体系」が一般的でした。

そのため、60歳時点の賃金には、

  • 現在の仕事
  • 長年の勤続
  • 将来の昇進期待

などが混在しています。

企業側は、再雇用時にこれらを整理し、「職務に応じた賃金へ修正する」という論理を用いることが多くあります。

一方で、実際には仕事内容がほとんど変わらず、責任も同じであるケースも少なくありません。

そのため、「どこまで減額できるのか」は今後も重要な争点であり続けるでしょう。

今後の実務で重要になる視点

今後の実務では、単純な「○%基準」よりも、以下の点が重視されると考えられます。

職務内容の実態

名称ではなく、実際に何をしているかが重要になります。

基本給の性質

職務給なのか、年功給なのかによって判断が変わります。

責任や配置転換の範囲

管理責任や転勤義務などが維持されているかも重要です。

再雇用制度全体の設計

退職金・賞与・福利厚生を含めた総合判断が行われます。

高齢化社会で再雇用制度はどう変わるのか

日本では高齢化が進み、「60歳で一線を退く」という前提自体が変わり始めています。

実際には、

  • 65歳
  • 70歳
  • それ以上

まで働く人も増えています。

そのなかで、

「同じ仕事なのに給与だけ大幅減」

という制度設計は、今後ますます社会的な説明を求められる可能性があります。

一方で、企業側にも人件費や組織設計の制約があります。

つまり今後は、

  • 高齢者雇用
  • 同一労働同一賃金
  • 人件費管理
  • 世代間バランス

をどう両立させるかが、日本企業全体の課題になっていくでしょう。

結論

再雇用後の給与減額は、直ちに違法になるわけではありません。

しかし、

  • 仕事内容
  • 責任
  • 基本給の性質
  • 制度全体の合理性

などを踏まえ、不合理な格差であれば違法と判断される可能性があります。

特に近年の裁判例では、「形式的な雇用区分」よりも、「実際に何をしているか」が重視される傾向が強まっています。

高齢化社会が進むなかで、再雇用制度は単なる人件費調整ではなく、「働き続ける社会」の制度設計そのものとして問われる時代に入っているのかもしれません。

参考

・日本経済新聞 2026年5月16日朝刊「<家計の法律クリニック>再雇用、給与減は違法か」
・最高裁判所「長沢運輸事件判決」
・最高裁判所「名古屋自動車学校事件判決」
・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法)

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