役員退職金課税では、「相当額」という言葉が頻繁に使われます。
法人税法施行令70条でも、
「退職給与として相当であると認められる金額」
という表現が採用されています。
しかし、ここで極めて重要な疑問があります。
そもそも「相当額」とは誰が決めるのでしょうか。
会社でしょうか。
税務署でしょうか。
裁判所でしょうか。
それとも社会通念でしょうか。
今回は、役員退職金課税における「相当額」という概念を通じて、税務における課税裁量の問題を考えます。
「相当額」は法律に明確に書かれていない
まず重要なのは、
「相当額」の具体的基準は法律に明示されていない
という点です。
法人税法も施行令も、
- 上限額
- 功績倍率
- 計算式
を具体的には定めていません。
法令上は、
- 在任期間
- 退職事情
- 類似法人比較
などを総合考慮するとされているだけです。
つまり、
最終的な「相当額」の判断は、かなり抽象的
なのです。
実務では税務署が事実上決めている
実際の税務調査では、
- 類似法人選定
- 功績倍率
- 最終報酬月額
- 功績加算要素
などを税務署側が分析し、
「この金額が相当額」
という認定を行います。
つまり実務上は、
税務署が事実上の“基準設定者”
になっています。
ここに、課税裁量の問題があります。
「裁量」と「恣意性」は紙一重
もちろん、税務行政に一定の裁量は必要です。
もし法律が完全数式化されていれば、
- 特殊事情
- 不正回避
- 実態無視
が起こりやすくなるからです。
しかし一方で、
裁量が広すぎると、恣意性
の問題が生じます。
例えば、
- どの法人を類似法人に選ぶか
- どの倍率を採用するか
- どの事情を重視するか
によって、「相当額」は大きく変わります。
つまり、
「相当額」は絶対的真実ではなく、“判断結果”
なのです。
なぜ「相当額」が必要なのか
では、なぜ税法はあえて曖昧な概念を使うのでしょうか。
それは、
経済実態を完全に数式化できない
からです。
例えば役員退職金には、
- 創業者利益
- 経営危機対応
- 長年の低報酬
- 私財投入
- 人脈形成
など、定量化しにくい要素があります。
そのため法律は、
「相当額」
という抽象概念を使い、実態判断を可能にしているのです。
つまり、
曖昧さは制度上の“必要悪”
とも言えます。
しかし「曖昧さ」は納税者を不安定にする
一方で、曖昧な基準は納税者に不安を与えます。
例えば、
- どこまで認められるのか
- 何が否認されるのか
- どの程度なら安全か
が完全には分からないからです。
特に役員退職金は、
- 金額が大きい
- オーナー色が強い
- 利益調整疑念を持たれやすい
ため、税務否認リスクが常に付きまといます。
つまり、
「相当額」という言葉自体が、不確実性を内包
しているのです。
裁判所も「絶対基準」を示していない
さらに重要なのは、
裁判所も明確な絶対基準を示していない
という点です。
最高裁は、
- 平均功績倍率法
- 類似法人比較
について一定の合理性を認めています。
しかし、
「必ずこの方法だけ」
とは言っていません。
つまり裁判所も、
最終的には個別事案判断
をしているのです。
ここでも「裁量」の問題が残ります。
本当に「相当」なのは誰の感覚か
ここで本質的な問題があります。
「相当額」とは結局、
誰にとっての“相当”なのか
という問題です。
例えば、
- 経営者本人
- 株主
- 税務署
- 社会一般
- 裁判所
では、感覚が異なる可能性があります。
創業経営者から見れば、
「人生を賭けて築いた会社」
かもしれません。
しかし税務署から見れば、
「利益処分の一種」
に見えることがあります。
つまり、
「相当性」とは価値観そのもの
でもあるのです。
税務行政はなぜ“定型化”したがるのか
税務行政は本来、
- 全国統一
- 大量処理
- 執行可能性
を求められます。
そのため、
- 功績倍率法
- 類似法人比較
- 平均値
などの定型化手法が発展しました。
これは、
「公平な税務」
を実現するためでもあります。
しかし逆に言えば、
定型化は“個別事情の切り捨て”
にもつながります。
ここに制度上のジレンマがあります。
「相当額」は“数値”ではなく“説明可能性”かもしれない
本当に重要なのは、
「平均以下かどうか」
ではなく、
「合理的説明ができるか」
ではないでしょうか。
例えば、
- 創業時リスク
- 長年の低報酬
- 再建功績
- 上場実現
- 雇用維持
などを説明できるなら、
単純平均を超えても合理性はあり得ます。
つまり本来、
「相当額」
とは固定数値ではなく、
“説明可能な金額”
なのかもしれません。
結論
役員退職金課税における「相当額」は、法律で明確に定義された数値ではありません。
実際には、
- 税務署
- 裁判所
- 類似法人比較
- 社会通念
などが複雑に絡み合いながら形成されています。
つまり、
「相当額」は客観的事実というより、“制度上の判断”
なのです。
そして、その背後には、
- 誰が判断権を持つのか
- 行政裁量はどこまで許されるのか
- 公平とは何か
という、極めて深い問題があります。
役員退職金課税とは、単なる税務計算ではありません。
そこには、
「国家は企業経営をどこまで評価できるのか」
という、本質的な制度問題が潜んでいるのです。
参考
・税のしるべ 2026年5月4日
「続・傍流の正論~税相を斬る 第89回/最判にも疑義⑥ 平均功績倍率」
・法人税法34条
・法人税法施行令70条
・最高裁昭和50年2月25日判決
・東京高裁昭和49年1月31日判決
・東京地裁昭和46年6月29日判決