かつて日本は、「世界で最も豊かな国の一つ」と言われていました。
海外旅行では「日本人はお金持ち」と見られ、日本企業は世界市場を席巻し、日本製品は高品質の象徴でもありました。
しかし現在、日本は「安い国」と呼ばれることがあります。
海外から見ると、
- 日本の外食は安い
- ホテル代は安い
- サービス品質の割に価格が低い
- 労働力も相対的に安い
という状況が目立つようになっています。
実際、日本人が海外旅行で物価高に驚く場面も増えました。
一方で、訪日外国人にとって、日本は「高品質なのに安い国」になりつつあります。
なぜ日本は「安い国」になったのでしょうか。
本記事では、日本経済の長期停滞と「安いニッポン」が生まれた背景を考えます。
バブル崩壊が変えた日本人の心理
1990年代初頭、日本はバブル崩壊を経験しました。
地価や株価は急落し、金融機関は不良債権問題を抱え、企業は長期不況に直面しました。
それまでの日本では、
- 給料は毎年上がる
- 地価は上がる
- 将来は今より豊かになる
という感覚が強くありました。
しかしバブル崩壊後、その前提が崩れます。
企業は、
- 人件費削減
- コスト削減
- 新卒採用抑制
- 非正規雇用拡大
を進めました。
家計側でも、
- 将来不安
- 老後不安
- 雇用不安
が強まりました。
この時期から、日本社会では「節約」と「低価格志向」が急速に広がっていきます。
デフレが「値上げ悪」の空気を作った
1990年代後半以降、日本は長いデフレに入ります。
物価が上がらない。
むしろ下がる。
企業は値下げ競争を続ける。
そのなかで、日本では、
「値上げ=悪」
という空気が形成されました。
企業は値上げを避け、消費者は安さを求めました。
例えば、
- 牛丼戦争
- 100円ショップ
- 格安居酒屋
- ディスカウントストア
- 送料無料競争
などは、その象徴です。
企業は価格を下げることで生き残ろうとしましたが、その代償として、
- 利益率低下
- 賃金停滞
- 長時間労働
- 過剰サービス
が進みました。
つまり、日本の低価格化は、単なる企業努力ではなく、長期停滞への適応でもあったのです。
賃金が上がらない国になった
「安いニッポン」の本質は、単に物価が安いことではありません。
賃金が上がらなかったことです。
日本では長く、名目賃金がほとんど伸びませんでした。
その間、米国などでは賃金上昇が続きました。
結果として、日本人の購買力は相対的に低下していきます。
例えば、海外では、
- カフェのコーヒー
- ファストフード
- タクシー料金
- ホテル代
などが日本より高くなりました。
しかし問題は、日本が高くなかったことではありません。
日本人の所得が伸びなかったことです。
つまり、「安いニッポン」は、価格の問題というより、所得停滞の問題なのです。
円安が「安い国」を加速させた
近年は円安も進みました。
円安になると、日本国内の価格は海外から見るとさらに安くなります。
例えば、
- 高級ホテル
- 高級寿司
- 百貨店商品
でさえ、海外観光客には「割安」に映る場合があります。
一方、日本人にとっては、海外旅行や輸入品が高く感じられるようになります。
つまり、
日本国内では「物価高」
海外から見ると「日本は安い」
という現象が同時に起きているのです。
これは、日本の所得水準が国際的に相対低下していることを示しています。
「良いモノを安く」が日本を消耗させたのか
日本企業は、高品質・低価格を強みとしてきました。
丁寧な接客。
清潔さ。
時間厳守。
細やかなサービス。
これらは日本社会の大きな強みです。
しかし問題は、それらを「安く提供し続けた」ことです。
海外では追加料金になるサービスが、日本では無料で含まれている場合も少なくありません。
その結果、
- 現場負担
- 長時間労働
- 低賃金
- 人手不足
が慢性化しました。
つまり、日本の「おもてなし」は、美徳である一方で、低収益構造を固定化した面もあります。
なぜ日本は価格転嫁できなかったのか
日本企業が価格転嫁を苦手とする背景には、社会全体の空気があります。
値上げすると、
- 消費者離れ
- SNS炎上
- 「企業努力不足」批判
を恐れる企業は少なくありません。
そのため、多くの企業は、
- 内容量を減らす
- 品質を調整する
- 現場負担で吸収する
などを選びやすくなります。
しかし、それでは利益率は改善しません。
利益率が低ければ、
- 賃上げ
- 設備投資
- 人材投資
も進みにくくなります。
つまり、日本社会では、
「安さを求める消費者」
と
「値上げできない企業」
が相互に影響し合い、「安いニッポン」を固定化してきた側面があります。
「安いこと」は本当に豊かさなのか
もちろん、物価が安いこと自体は悪ではありません。
問題は、
- 所得が伸びない
- 将来不安が強い
- サービス現場が疲弊する
- 投資余力が失われる
なかで、安さだけを維持しようとすることです。
安い牛丼。
安い配送。
安いサービス。
それらの裏側で、
- 誰かの低賃金
- 誰かの長時間労働
- 誰かの人手不足
が支えになっている場合もあります。
つまり、「安いこと」は消費者にとっての利益である一方で、社会全体では持続可能性を損なう場合もあるのです。
「安いニッポン」から抜け出せるのか
今後、日本が必要とするのは、
「安さ競争」
から、
「価値競争」
への転換です。
価格だけでなく、
- 品質
- 技術
- 専門性
- ブランド
- 持続可能性
で評価される経済に変わる必要があります。
そのためには、
- 適正な価格
- 適正な利益
- 適正な賃金
を社会全体で受け入れる必要があります。
もちろん、家計負担への配慮は重要です。
しかし、「値上げ=悪」という発想のままでは、企業も労働者も疲弊し続けます。
結論
「安いニッポン」は、突然生まれたものではありません。
バブル崩壊後の長期停滞、デフレ、賃金停滞、節約志向、低価格競争、円安などが重なり、長い時間をかけて形成されてきました。
その背景には、
- 将来不安
- 雇用不安
- 消費者心理
- 企業文化
があります。
日本社会は長く、「良いモノを安く提供する」ことを美徳としてきました。
しかし人口減少とインフレ時代のなかで、そのモデルは限界を迎えつつあります。
これから必要なのは、「安いこと」だけを追い求める社会から、価値に見合った対価を支払える社会への転換です。
「安いニッポン」の問題とは、単なる価格の問題ではありません。
日本社会が、長期停滞のなかで何を失い、何を我慢し続けてきたのかという問題でもあるのです。
参考
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