企業年金は「会社任せ」から「自己責任」へ変わるのか

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確定拠出年金が確定給付年金を逆転する時代

老後資金の形成方法が大きく変わろうとしています。

これまで日本企業の退職金制度は、企業が将来の給付額を約束する「確定給付型(DB)」が中心でした。しかし近年は、従業員自身が運用する「確定拠出型(DC)」への移行が急速に進んでいます。

2025年度には、企業型確定拠出年金の加入者数が、確定給付企業年金の加入者数を初めて上回る見込みとなりました。背景には、人材確保競争の激化、インフレ環境への転換、そして企業側の財務負担回避があります。

今回の変化は、単なる企業年金制度の変更ではありません。日本社会全体が「会社が老後を支える時代」から、「個人が自ら老後資産を形成する時代」へ移行していることを示しています。


確定給付と確定拠出は何が違うのか

まず、両制度の違いを整理しておきます。

確定給付(DB)

確定給付企業年金は、将来受け取れる給付額を企業があらかじめ約束する制度です。

企業が年金資産を運用し、運用成績が悪化した場合は企業側が不足分を補填します。従業員にとっては「将来受け取れる額が見えやすい」安心感があります。

一方で企業側には、

  • 運用リスク
  • 金利変動リスク
  • 財務負担増加リスク

が存在します。

特に超低金利時代には、予定利率を確保できず、多くの企業年金が積立不足に悩まされました。


確定拠出(DC)

これに対し、確定拠出年金は企業が掛金だけを拠出し、その後の運用は従業員自身が行います。

つまり、

  • 将来の受取額は未確定
  • 運用成果次第で増減
  • リスクも本人負担

という仕組みです。

企業側から見ると、

  • 将来債務が膨らみにくい
  • 財務リスクを限定できる
  • 会計処理が比較的シンプル

というメリットがあります。

新リース会計や人的資本開示など、企業財務の透明性が重視される中で、企業年金の負担を固定化したいという経営判断とも整合的です。


なぜ今、確定拠出が増えているのか

背景にある「インフレ時代」

最大の転換点は、日本経済がデフレからインフレへ移行し始めたことです。

現金や預金だけでは資産価値が目減りする時代に入りました。

記事でも、元本確保型だけで運用する人が企業型DC加入者の21%に上るとされています。しかし、物価上昇率を下回る運用しかできなければ、実質的な退職給付額は減少します。

三井住友信託銀行の調査では、実質退職給付は20年間で24%減少したとされています。

つまり、

「退職金がある」ことと
「老後生活を維持できる」ことは
もはや同義ではなくなっているのです。


中小企業で導入が広がる理由

今回特徴的なのは、大企業だけでなく中小企業で導入が急拡大している点です。

背景には深刻な人手不足があります。

現在、若年層では「福利厚生」を重視する傾向が強まっています。給与水準だけでは差別化しにくくなり、

  • 企業型DCがあるか
  • iDeCo支援があるか
  • 資産形成支援制度があるか

を就職先選びの基準にする人も増えています。

特に中小企業では、大企業ほど賃上げ競争に対応しにくいため、福利厚生による差別化が重要になっています。

企業型DCは、

  • 導入コストが比較的低い
  • 制度設計の柔軟性がある
  • 福利厚生アピールになる

という点から、中小企業にとって導入しやすい制度となっています。


「自己責任化」は本当に正しいのか

もっとも、確定拠出型には大きな課題があります。

それは、金融リテラシーの格差です。

同じ制度に加入していても、

  • 元本確保型のみを選ぶ人
  • 分散投資を行う人
  • 長期積立を理解する人
  • 短期値動きで売買を繰り返す人

では、将来の資産額に大きな差が生じます。

つまり、老後格差が「企業格差」から「運用能力格差」へ変わる可能性があるのです。

これは、これまで企業が担ってきた退職保障機能を、個人側へ移転しているとも言えます。


日本型雇用との相性も変わる

確定給付型は、終身雇用と相性が良い制度でした。

長く勤めるほど退職給付が増え、企業も長期雇用を前提に制度設計できたからです。

一方、転職社会では事情が変わります。

確定拠出型は、

  • 転職時に持ち運び可能
  • 個人単位で資産形成できる
  • 働き方を問わず継続できる

という特徴があります。

ジョブ型雇用や転職拡大と整合性が高く、現代の労働市場には適合しやすい制度です。

逆に言えば、日本型雇用の崩壊が、企業年金制度の変化を加速させているとも言えます。


今後は「金融教育」が福利厚生になる

今後、企業に求められる役割も変わります。

単に制度を導入するだけでは不十分になります。

重要になるのは、

  • 投資教育
  • 資産形成支援
  • 運用相談
  • ライフプラン教育

です。

厚生労働省が企業年金の比較サイト整備を進める背景にも、「制度の見える化」による競争促進があります。

将来的には、

  • 運用成績が悪い企業
  • 商品ラインナップが乏しい企業
  • 教育が不十分な企業

は、人材確保で不利になる可能性もあります。

企業年金は単なる福利厚生ではなく、「人的資本投資」の一部へ変わり始めているのです。


結論

確定拠出年金が確定給付年金を上回る流れは、日本社会の大きな転換を象徴しています。

そこには、

  • デフレからインフレへの転換
  • 終身雇用の揺らぎ
  • 老後保障の自己責任化
  • 金融資産形成社会への移行
  • 人材獲得競争の激化

といった複数の構造変化があります。

今後は「退職金がある会社」ではなく、

  • どのような制度なのか
  • 運用支援があるのか
  • 教育体制が整っているのか

まで含めて、企業価値が評価される時代になるでしょう。

そして個人側にも、「貯蓄だけでは守れない時代」に対応する金融リテラシーが、これまで以上に求められることになります。


参考

・日本経済新聞 朝刊 2026年5月9日
「企業年金、確定拠出が確定給付上回る 昨年度見込み、人手確保へ中小も導入」

・厚生労働省 「企業年金制度について」

・運営管理機関連絡協議会 公表資料

・三井住友信託銀行 「退職給付に関する調査」

・ニッセイ基礎研究所 企業年金関連レポート

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