農業の事業承継において、第三者承継は有力な選択肢として位置付けられています。しかし実態を見ると、その割合は極めて低く、制度としては存在していても現場では機能していない状況が続いています。
本稿では、第三者承継が進まない理由を「制度」と「実務」の乖離という観点から整理します。
第三者承継が進まないという現実
調査結果では、後継者候補がいる場合でも、
- 親族承継:約40%
- 従業員承継:約6%
- 第三者承継:約2%
と、第三者承継はほとんど選択されていません。
一方で、他の農業者からの引継ぎについては、
- 条件次第で検討:6割超
という結果も出ています。
つまり、「引き受ける意思」はあるにもかかわらず、「成立しない」という構造になっています。
制度面では整備が進んでいる
第三者承継を後押しする制度は、一定程度整備されています。
例えば、
- 農地の賃貸・売買に関する制度
- 農業法人への出資・持分移転
- 事業承継・引継ぎ支援センターによるマッチング
といった仕組みが存在します。
表面的には、「制度はある」状態です。
しかし、問題はここから先にあります。
実務で止まる「3つの壁」
① 人材の壁
最も大きな壁は「担い手の不足」です。
農業は、
- 労働集約的
- 天候リスクが高い
- 収益が不安定
という特徴を持ちます。
そのため、単純に事業を引き継ぐだけでは成立せず、
- 技術習得
- 地域との関係構築
- 長期的な経営視点
が必要になります。
制度上マッチングできても、「実際にやれる人」が少ないという問題があります。
② 情報の非対称性
次に大きいのが、情報の問題です。
農業経営は、
- 収益構造が見えにくい
- 土地や設備の実態が把握しにくい
- 将来リスクの定量化が困難
という特徴があります。
一般企業のM&Aであれば、財務データや事業計画をもとに判断できますが、農業ではそれが難しいケースが多くあります。
結果として、
- 売り手は高く評価したい
- 買い手はリスクを強く見る
というギャップが埋まらず、成約に至りません。
③ 制度と経営のミスマッチ
さらに重要なのが、制度と経営のズレです。
例えば、農地については、
- 自由に売買できない
- 用途変更に制限がある
といった規制があります。
また、前回整理した納税猶予制度も、
- 継続を前提とする
- 柔軟な事業転換を制約する
という性質を持ちます。
つまり、
- 経営としては柔軟性が必要
- 制度としては固定化を求める
という構造的な矛盾が存在します。
「成立しない理由」は複合的である
第三者承継が進まない理由は、単一ではありません。
- 人材不足
- 情報の不透明性
- 制度制約
が同時に存在し、それぞれが相互に影響しています。
例えば、
- 情報が不透明だから人が集まらない
- 人がいないから制度が活用されない
- 制度が硬直的だから挑戦が生まれない
という循環構造になっています。
一般企業のM&Aとの本質的な違い
農業の第三者承継は、一般企業のM&Aとは根本的に異なります。
主な違いは以下の通りです。
- 経営者個人への依存度が高い
- 地域との関係性が重要
- 資産の流動性が低い
つまり、単なる「事業の売買」ではなく、「生活と地域を含めた承継」になります。
この点を無視した制度設計では、実務は動きません。
実務で求められる視点
第三者承継を成立させるためには、制度の理解だけでなく、実務上の設計が不可欠です。
具体的には、
- 技術継承期間を前提とした段階的承継
- 経営の見える化(収益・リスクの整理)
- 法人化による承継の柔軟性確保
- 地域との関係構築支援
といった対応が必要になります。
単なるマッチングではなく、「引き継げる状態を作ること」が本質です。
結論
農業の第三者承継が進まない理由は、制度が不足しているからではなく、「制度と実務がつながっていない」ことにあります。
特に重要なのは、
- 承継は制度ではなく人と経営で決まる
- 制度はそれを支える補助的な要素に過ぎない
という点です。
今後は、制度の整備だけでなく、実務の現場で機能する形への再設計が求められます。
農業承継の課題は、単なる後継者不足ではなく、「承継できる仕組みを作れていないこと」にあるといえます。
参考
税のしるべ 2026年4月20日
「日本公庫が農業者の事業承継を調査、後継者候補がいる場合は4割が親族内承継の意向」