非上場株式の相続税評価を巡る議論が、大きな転換点を迎えています。国税庁の有識者会議において、これまで実務上活用されてきた評価圧縮スキームが明確に問題提起され、制度そのものの見直しが検討される段階に入ったためです。本稿では、示されたスキームの構造を整理したうえで、制度見直しの方向性と実務への影響を考察します。
非上場株式評価の問題構造
非上場株式の評価は、財産評価基本通達に基づき、類似業種比準方式や純資産価額方式などにより行われます。しかし、この評価体系は長年の制度改正に十分対応しておらず、特に以下の点が問題視されてきました。
- 企業グループ内での資産移転が評価に与える影響
- 株式の種類や権利設計による評価差
- 収益構造の操作による評価額の変動
これらはすべて、形式的には合法でありながら、実質的には評価額を引き下げる目的で利用され得る構造を持っています。
指摘された3つの評価圧縮スキーム
今回の有識者会議では、特に問題性が高いとして以下の3つのスキームが示されています。
グループ法人税制を利用した資産移転
グループ法人税制のもとでは、100%支配関係にある法人間での資産移転に課税が生じません。この仕組みを利用し、
- 親会社から子会社へ資産移転
- 子会社から孫会社へ再移転
と段階的に資産を移すことで、親会社の純資産価額を低下させることが可能となります。
さらに、資産を移転した会社側で類似業種比準方式を適用すれば、評価額は一層圧縮されることになります。
種類株式を用いた配当還元方式の濫用
無議決権株式などの種類株式を活用することで、
- 支配権を維持しつつ
- 配当水準を意図的に抑制
することが可能となります。
これにより、配当還元方式による評価額を低く抑えることができ、結果として相続税評価額の圧縮につながります。
超過収益力の社外流出
企業価値の源泉となる超過収益力を、
- 役員報酬
- コンサルティング契約
- 関連会社への外注
などを通じて社外へ移転することで、評価対象会社の収益力を低下させる手法です。
この結果、類似業種比準方式・純資産価額方式いずれにおいても評価額が下がる構造となります。
なぜ今、問題視されているのか
今回の議論の背景には、制度と実務の乖離があります。
- グループ法人税制(平成22年度)
- 組織再編税制
- 会社法の柔軟な株式設計
これらの制度は企業活動の自由度を高める一方で、評価通達がそれに追随してこなかった結果、「税負担なく評価だけを操作する余地」が生まれました。
その結果として、
- 実質的な事業承継を伴わない株価引下げ
- 経済合理性を伴わない組織再編
といった事象が生じるようになっています。
現行対応の限界―通達6項と行為計算否認
現行制度では、過度なスキームに対しては以下の手段が用いられています。
- 財産評価基本通達6項(特例的評価)
- 行為計算否認
しかし、実務上は以下の問題が指摘されています。
- 適用件数が限定的(10年間で14件)
- 個別判断に依存するため予見可能性が低い
- 納税者との争いを招きやすい
つまり、「違法ではないが望ましくない行為」に対して、後追いで対応している状態にあります。
今後の制度見直しの方向性
有識者会議の議論から見えてくる方向性は明確です。
① 評価ルールの明確化
- 恣意的な操作ができない基準の設定
- 評価方法の選択余地の制限
② スキームの構造的排除
- グループ内取引の影響の補正
- 株式設計による評価差の制限
③ 予見可能性の向上
- 個別否認からルールベースへの転換
- 納税者が事前に判断できる制度設計
実務への影響と対応の視点
今回の見直しは、単なる評価方法の変更にとどまらず、事業承継実務全体に影響を及ぼします。
影響が想定される領域
- 持株会社スキーム
- 種類株式を用いた承継設計
- グループ内再編による株価調整
実務上の対応視点
- 「形式的適法性」ではなく「実質合理性」の重視
- 将来の制度変更リスクを織り込んだ設計
- 税務だけでなく企業価値との整合性確保
結論
非上場株式評価の見直しは、「評価技術の問題」ではなく、「制度と実態の整合性」を問うものです。
これまでのように評価ルールの隙間を活用するアプローチは、今後大きく制約される可能性があります。今後の実務においては、
- 税負担の最小化だけを目的としない
- 経済合理性と整合した承継設計を行う
という視点が不可欠になります。
評価制度は単なる計算ルールではなく、課税の公平性を担保する基盤です。今回の議論は、その本質に立ち返る動きとして位置付けるべきでしょう。
参考
税のしるべ 2026年5月4日号
「取引相場のない株式の評価の有識者会議が評価額の圧縮スキームを示す、利用を排除する仕組み構築へ」