農業分野における事業承継の実態について、興味深い調査結果が公表されました。後継者候補がいる場合でも、承継のあり方や課題には大きな偏りが見られます。
本稿では、農業の事業承継の現状を整理しながら、なぜ承継が進みにくいのか、その構造を読み解きます。
農業の事業承継は「親族中心」にとどまる現実
日本政策金融公庫の調査によれば、後継者候補がいる経営体の承継意向は以下の通りです。
- 親族への承継:約40%
- 親族以外の役員・従業員:約6%
- 第三者承継:約2%
この数字が示しているのは、農業においては依然として「親族内承継」が中心であるという現実です。
特に注目すべきは、第三者承継が極めて少ない点です。一般企業ではM&Aや外部承継が広がる中で、農業は構造的にそれが進んでいません。
個人経営と法人経営で異なる承継構造
調査では、個人と法人で明確な違いも確認されています。
- 個人経営:親族承継が高い
- 法人経営:従業員承継が相対的に高い
これは単なる意向の違いではなく、「制度設計の違い」を反映しています。
個人経営の場合、農地・設備・経営が一体化しており、資産の承継=事業承継となるため、親族以外への引継ぎが難しくなります。
一方、法人化されている場合は株式や出資持分の移転で承継できるため、従業員承継の余地が広がります。
最大の課題は「技術・ノウハウの承継」
事業承継における課題として最も多かったのは、
- 経営ノウハウ・生産技術の承継:約60%
でした。
これは非常に重要なポイントです。農業は単なる資産の引継ぎではなく、「暗黙知の継承」が本質です。
例えば以下のような要素はマニュアル化が困難です。
- 土地ごとの作物適性
- 気候変動への対応
- 長年の経験に基づく判断
つまり、税制や資金の問題以前に、「人に依存したビジネス構造」が承継を難しくしています。
「将来不安」が承継意欲を抑制している
次に多い課題は、
- 事業の将来性への不安:約47%
特に個人経営では5割を超えています。
この背景には以下の構造があります。
- 農産物価格の不安定性
- 資材価格の高騰
- 気候リスクの増大
- 労働力不足
つまり、承継の問題は単独では存在せず、「農業の収益構造そのもの」と密接に結びついています。
税負担は3番目の課題に過ぎない
意外にも、
- 相続税・贈与税への対応:約24%
は3番目にとどまっています。
これは重要な示唆です。税制は確かに障害の一つですが、最大のボトルネックではありません。
実務的には、税制支援だけでは承継は進まず、
- 収益性
- 人材
- 技術
といった「経営の土台」が整わなければ、承継は成立しないことを示しています。
「引き受け側」もまた課題を抱えている
一方で、他の農業者からの事業引継ぎについては、
- 検討する(条件付き含む):6割超
と一定の前向きな意向が見られます。
しかし、実際に引き受ける際の課題は深刻です。
- 人手不足:約62%
- 成長性への不安:約39%
- 資金調達:約25%
つまり、「引き継ぎたい人はいるが、引き継げない」という構造になっています。
農業承継の本質は「人・技術・収益」の三位一体
ここまで整理すると、農業の事業承継は次の3点に集約されます。
- 人材の問題(担い手不足)
- 技術の問題(暗黙知の継承)
- 収益の問題(将来不安)
税制はあくまでその一部に過ぎません。
結論
農業の事業承継は、親族承継を中心としながらも、その持続可能性には大きな課題があります。
特に重要なのは、
- 税制支援だけでは解決しない
- 経営構造そのものの見直しが必要
という点です。
今後は、
- 法人化による承継の柔軟化
- 技術の形式知化
- 収益モデルの再設計
といった総合的な対応が不可欠になります。
農業の事業承継は、単なる「後継者問題」ではなく、日本の産業構造そのものの問題といえます。
参考
税のしるべ 2026年4月20日
「日本公庫が農業者の事業承継を調査、後継者候補がいる場合は4割が親族内承継の意向」