財政赤字は本当に悪なのか 国家財政編

政策

政府は2026年、財政運営の考え方を大きく転換しようとしています。これまで重視してきた「単年度でのプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化」から、「複数年度で財政を管理する」という方針へ舵を切ろうとしているのです。

このニュースを見て、「また政府の借金が増えるのではないか」と不安に感じた方もいるかもしれません。一方で、「成長のための投資なら必要ではないか」という意見もあります。

果たして財政赤字は本当に悪なのでしょうか。今回は、国家財政の基本的な考え方を整理しながら、この問題について考えてみたいと思います。

プライマリーバランスとは何か

プライマリーバランスとは、国が税収などの収入だけで、その年の政策に必要な支出を賄えているかを示す指標です。

住宅ローンのある家庭で例えるなら、毎月の給料だけで生活費を支払えている状態に近い考え方です。もし生活費まで借金で賄うようになれば、借金は増え続けます。

政府も同様に、新たな国債を発行しなければ通常の行政サービスを維持できない状態が続けば、財政は徐々に悪化していきます。そのため、日本では長年、プライマリーバランスの黒字化が財政健全化の目標とされてきました。

なぜ考え方を変えるのか

しかし、時代は大きく変わりました。

人工知能(AI)、半導体、経済安全保障、防衛、脱炭素など、国家として先行投資しなければ国際競争に勝てない分野が急速に増えています。

政府は2040年度までに370兆円を超える官民投資を計画しています。

こうした大型投資を進めるには、一時的に財政赤字が拡大する場面も避けられません。

そこで政府は、「毎年必ず黒字化する」という考え方ではなく、「数年間を通じて財政を管理する」という柔軟な発想へ転換しようとしているのです。

企業経営でも、大規模な設備投資を行う年は利益が一時的に減少することがあります。しかし、その投資が将来の利益を生み出せるなら、株主は必ずしも短期的な利益悪化だけを問題視しません。

国家財政にも、同じような考え方を取り入れようとしているわけです。

赤字そのものより重要なこと

ここで誤解してはいけないことがあります。

重要なのは「赤字があるかどうか」ではありません。

もっと重要なのは、「その借金で何を行うのか」です。

例えば、将来の成長につながるインフラ整備、教育、人材育成、研究開発などへの投資であれば、将来の税収増加につながる可能性があります。

一方で、将来の成長につながらない支出ばかりが増えれば、借金だけが積み上がります。

つまり、「良い借金」と「悪い借金」が存在するのです。

これは企業経営でも同じです。

成長のための設備投資と、赤字を穴埋めするための借入では、その意味はまったく異なります。

市場は何を見ているのか

今回の制度変更に対しては、市場関係者から慎重な意見も出ています。

理由は、プライマリーバランスは政府が比較的コントロールしやすい指標ですが、政府が新たに重視する「債務残高のGDP比」は経済成長率や金利など、政府だけでは決められない要素に左右されるためです。

もし成長戦略が期待どおりに進まなければ、借金だけが増え、財政への信頼が低下する可能性もあります。

現在、日本は金利が上昇局面にあります。

国債残高が巨額である以上、金利が少し上がるだけでも利払い費は大きく膨らみます。

だからこそ、市場は「どれだけ借金をするか」だけではなく、「将来どのように返済していくのか」という道筋を重視しています。

財政への信頼は、一度失われると簡単には取り戻せません。

私たちの家計にも共通する考え方

この話は、私たちの家計や人生設計にも通じます。

例えば、資格取得や大学進学、住宅購入などでは、一時的に借金をすることがあります。

しかし、その投資によって将来の収入や生活の質が向上するのであれば、その借金には大きな意味があります。

一方、日常生活の赤字を埋めるためだけに借金を繰り返せば、家計はやがて行き詰まります。

人生100年時代では、「借金をするかどうか」ではなく、「未来の価値を生み出す投資なのか」が問われる時代になっています。

国家も個人も、この本質は変わりません。

結論

政府は今、財政運営を「毎年の収支」から「未来への投資」という視点へ大きく転換しようとしています。

この方向性自体には一定の合理性があります。

しかし、成長投資が期待した成果を生まなければ、借金だけが積み上がる危険性もあります。

だからこそ必要なのは、「積極財政か緊縮財政か」という二者択一ではありません。

限られた財源を、将来の成長につながる分野へ優先的に配分し、その成果を検証し続ける姿勢です。

財政赤字は、それだけで善でも悪でもありません。

未来への価値を生み出す投資なのか、それとも将来世代へ負担を先送りするだけなのか。

私たち一人ひとりも、その視点で国の財政を見つめることが求められているのではないでしょうか。

参考

日本経済新聞 2026年6月26日 朝刊
基礎収支「複数年管理」に 諮問会議 単年度の黒字化求めず、財政規律ゆるむ恐れ

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