役員退職金を巡る税務では、「平均功績倍率法」が長年にわたり実務の中心となっています。
しかし、この手法は本当に合理的なのでしょうか。
近年でも、役員退職金の「過大性」を巡る税務争訟では、類似法人との比較や平均功績倍率が重要視されています。しかし、経営者の功績とは本来、極めて個別性が強いものです。
今回は、昭和50年最高裁判決を題材に、「平均」で経営者の功績を測ることの問題点について整理します。
役員退職金と法人税法の考え方
法人税法34条2項は、役員給与のうち「不相当に高額な部分」は損金算入できないと定めています。
さらに法人税法施行令70条では、役員退職金の相当額について、
- 在任期間
- 退職事情
- 類似法人の支給状況
などを総合的に考慮するとされています。
つまり制度上は、単純な機械計算ではなく、個別事情を踏まえて判断する建付けになっています。
ところが、実務では「平均功績倍率法」が極めて強い影響力を持っています。
平均功績倍率法とは何か
功績倍率法とは、
最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率
によって退職金の適正額を算定する方法です。
例えば、
- 最終月額報酬:100万円
- 在任年数:20年
- 功績倍率:3.0
であれば、
100万円 × 20年 × 3.0 = 6,000万円
という計算になります。
問題は、この「功績倍率」をどう決めるかです。
税務実務では、多くの場合、
類似法人の平均倍率
が採用されます。
これが「平均功績倍率法」です。
昭和50年最高裁判決
問題となった事件では、創業者社長に対し、
- 功績倍率3.0
- 退職金650万円
を支給したところ、税務署側は、
類似法人3社の平均倍率2.1
を採用し、480万円を超える部分を否認しました。
東京地裁の考え方
一審の東京地裁は、会社側を支持しました。
判決は、
- 法令は「機械的平均」を要求していない
- 経営実態を無視すべきではない
- 創業者の特殊事情も考慮すべき
という立場を採っています。
これは極めて重要な視点です。
経営者の功績は、本来、
- 企業成長への貢献
- 創業リスク
- 資金繰り
- 人材確保
- 危機対応
など、数値化しにくい要素の集合だからです。
特にオーナー経営者の場合、自らの報酬を抑えながら会社存続を優先するケースも少なくありません。
その意味で、単純平均との比較だけで「過大」と断定することには違和感があります。
高裁・最高裁の判断
しかし控訴審の東京高裁は逆転判決を出します。
その理由は、
役員退職金には利益処分的性格がある
という点でした。
つまり、
- 役員退職金は利益調整に使われやすい
- そのため客観基準が必要
- 類似法人平均は合理的基準である
という考え方です。
最高裁もこれを支持しました。
この判決以降、平均功績倍率法は、実務上の“標準”として定着していきます。
「平均」が持つ構造的問題
しかし、この考え方には大きな問題があります。
経営者の能力は平均化できない
経営者の成果は、
- 業界環境
- 創業難易度
- 経営危機対応
- イノベーション
- 地域性
- 人脈
- 資本政策
などに大きく左右されます。
つまり、本来は極めて非定型的です。
それにもかかわらず、
「同業平均」
で処理することには限界があります。
“突出した経営者”が評価されにくい
平均値を基準にすると、
- 卓越した経営成果
- 長年の低報酬経営
- 倒産回避への貢献
などが十分反映されません。
むしろ、
平均を超えると否認リスク
が高まります。
これは、成功へのインセンティブを歪める側面もあります。
平均値は収斂していく
品川芳宣氏が指摘するように、平均値を基準にし続けると、
- 高額退職金は否認
- 否認事例が平均値を押し下げる
- 次の平均値がさらに低下
という循環が起こり得ます。
これは統計学的にも不自然です。
平均が絶対基準化すると、市場実態そのものを歪める可能性があります。
税務行政が「平均」を好む理由
一方で、税務行政側にも事情があります。
もし完全個別判断にすると、
- 恣意性
- 不平等
- 判断のばらつき
が大きくなるためです。
税務では、
- 予測可能性
- 画一性
- 執行可能性
も重要になります。
そのため、平均功績倍率法は、
行政実務として扱いやすい
という強みがあります。
つまりこの問題は、
「個別実態」と「課税の公平」
の衝突とも言えます。
実務上の重要ポイント
現在でも、役員退職金を巡る税務では、
- 類似法人選定
- 功績倍率
- 最終報酬月額
- 在任期間
- 功績加算要素
などが争点になります。
特にオーナー企業では、
- 低報酬経営だったか
- 創業者利益があるか
- 危機再建型か
- 上場準備等の特殊事情があるか
を丁寧に説明できるかが重要です。
単なる計算式ではなく、
「なぜその金額なのか」
という合理的説明が求められます。
結論
平均功績倍率法は、税務行政にとっては便利な基準です。
しかし一方で、経営者の功績という本来極めて個別的な価値を、「平均」で裁断してしまう危うさも抱えています。
特に創業者経営者や再建型経営者のように、通常の比較では測れないケースでは、本当に“平均”だけで判断してよいのかという疑問は残ります。
役員退職金課税は、単なる税務計算ではありません。
そこには、
- 経営とは何か
- 功績とは何か
- 公平とは何か
という、本質的な問題が潜んでいるのです。
参考
・税のしるべ 2026年5月4日
「続・傍流の正論~税相を斬る 第89回/最判にも疑義⑥ 平均功績倍率」
・法人税法34条
・法人税法施行令70条
・最高裁昭和50年2月25日判決
・東京高裁昭和49年1月31日判決
・東京地裁昭和46年6月29日判決