マネー・ローンダリング対策について学び始めると、多くの税理士がある疑問にぶつかります。
「顧客を疑いながら仕事をしなければならないのか」
税理士業務は信頼関係の上に成り立っています。
経営者は会社の数字を見せます。
個人は財産の状況を相談します。
相続人は家族の事情を話します。
そのような関係の中で「疑う」という言葉には違和感を覚える人も少なくありません。
しかし、犯収法が求めているのは本当に顧客を疑うことなのでしょうか。
今回は税理士の職業倫理という視点から考えてみます。
税理士の仕事は信頼が出発点
税理士は顧客の最も重要な情報に接する職業です。
売上。
利益。
借入金。
資産。
家族関係。
こうした情報は他人には簡単に話せない内容です。
だからこそ税理士と顧客の関係は信頼によって成り立っています。
信頼がなければ本音は聞けません。
本音が聞けなければ適切な助言もできません。
税理士業務の土台は信頼関係なのです。
信頼と無条件の信用は違う
ここで重要なのは信頼と無条件の信用は異なるということです。
信頼とは適切な手続や説明の上に成り立つものです。
一方で無条件の信用は確認を放棄することになりかねません。
例えば、
本人確認を省略する
資料を確認しない
説明を聞かない
違和感を無視する
これらは信頼ではなく職務放棄に近い行為です。
本当の信頼関係とは、必要な確認を行った上で築かれるものなのです。
犯収法が求めるのは疑いではなく確認
犯収法を読むと分かるのは、求められているのが「疑うこと」ではなく「確認すること」だという点です。
本人確認を行う。
実質的支配者を確認する。
取引目的を確認する。
記録を保存する。
これらは全て事実確認です。
顧客を犯罪者扱いすることではありません。
税理士に求められているのは冷静で客観的な確認作業なのです。
違和感を見逃さない姿勢
とはいえ、全てを形式的な確認だけで済ませてよいわけではありません。
税理士には専門家としての感覚があります。
説明が不自然である。
話が二転三転する。
資金の流れが理解できない。
そのような違和感を覚えることがあります。
この違和感を無視しないことが重要です。
違和感を持つことは疑うことではありません。
確認を深めるきっかけに過ぎないのです。
顧客を守るための確認
本人確認や追加確認を嫌がる顧客もいます。
しかし適切な確認は顧客を守ることにもつながります。
もし第三者に利用されていたらどうでしょうか。
もし詐欺的な取引に巻き込まれていたらどうでしょうか。
税理士が確認することで問題を未然に防げる場合もあります。
確認は顧客との対立ではなく、顧客保護のための行動でもあるのです。
長年の顧問先ほど注意が必要
意外かもしれませんが、長年の顧問先ほど確認が甘くなることがあります。
「この人なら大丈夫」
という安心感が生まれるからです。
しかし人も企業も環境が変化します。
事業内容が変わることもあります。
経営者が交代することもあります。
資金調達方法が変わることもあります。
長い付き合いだからこそ、定期的に確認する姿勢が必要なのです。
税理士の独立性が問われる
税理士は顧客の味方です。
しかし顧客の言うことを全て受け入れる存在ではありません。
専門家として独立した立場を維持する必要があります。
顧客の利益。
法令遵守。
社会的責任。
これらのバランスを取ることが求められています。
だからこそ時には耳の痛い助言をすることも必要です。
それが専門家としての役割です。
信頼される税理士とは
本当に信頼される税理士とは、何でも言うことを聞く人ではありません。
必要な確認を行う。
問題があれば指摘する。
法令を守る。
顧客を守る。
こうした姿勢を持つ人です。
顧客も長期的にはそのような税理士を信頼します。
目先の関係よりも長期的な信頼を重視することが重要です。
結論
税理士に求められているのは顧客を疑うことではなく、適切に確認することです。信頼関係とコンプライアンスは対立するものではなく、むしろ両立すべきものです。
本当の信頼とは確認を省略することではありません。必要な手続を誠実に行いながら顧客を支援することです。これからの税理士には、信頼と独立性の両方を備えた専門家としての姿勢が求められているのです。
参考
警察庁刑事局組織犯罪対策部組織犯罪対策第一課犯罪収益対策室(JAFIC)
「マネー・ローンダリング対策について」講義資料
警察庁刑事局組織犯罪対策部組織犯罪対策第一課犯罪収益対策室(JAFIC)
「疑わしい取引の届出方法について」補助資料