マネー・ローンダリング対策について学んでいると、多くの税理士が最後に気になることがあります。
「実際に届出を行う場合はどうすればよいのか」
制度の概要は理解していても、具体的な手続まで知っている人はそれほど多くありません。
現在、疑わしい取引の届出は電子申請が中心となっています。
届出は紙で提出する時代から、デジタルによる管理と申請の時代へ移行しています。
今回は疑わしい取引の届出の流れについて考えてみます。
届出制度の目的を再確認する
まず理解しておきたいのは、疑わしい取引の届出は告発ではないということです。
顧客を犯罪者として通報する制度ではありません。
税理士や金融機関などが業務の中で把握した情報を行政機関へ提供し、社会全体で犯罪収益の流れを把握するための制度です。
そのため届出を行う際に犯罪の立証は求められていません。
重要なのは合理的な疑念があるかどうかです。
電子申請が基本になっている
現在の届出は電子政府総合窓口であるe-Govを利用して行います。
以前よりも電子化が進み、迅速な情報共有が可能になっています。
税理士事務所も電子帳簿保存法や電子申告への対応が進んでおり、届出制度も同じ流れの中にあります。
今後はさらにデジタル化が進むことが予想されます。
最初に必要となる事業者ID
電子申請を利用するためには事業者IDの取得が必要です。
これは届出を行う事業者を識別するための番号です。
税理士事務所が初めて利用する場合には事前の登録手続が必要になります。
制度が必要になってから慌てるのではなく、事前に手続方法を把握しておくことが望ましいでしょう。
届出書には何を書くのか
届出書では様々な情報を入力します。
顧客情報。
取引内容。
疑わしいと判断した理由。
取引の経緯。
その他参考となる事項。
ここで重要なのは推測を書くことではありません。
事実に基づいて記載することです。
見たこと。
聞いたこと。
確認したこと。
その範囲で客観的に記録することが求められます。
なぜ記録保存が重要なのか
届出を行った場合も、行わなかった場合も記録は重要です。
どのような確認を行ったのか。
どのような資料を確認したのか。
なぜその判断に至ったのか。
こうした経緯を残しておくことが必要です。
後日説明を求められた場合にも、記録があれば適切な対応を証明できます。
税理士が一人で抱え込まない
実務上は判断に迷うケースが少なくありません。
本当に疑わしい取引なのか。
届出が必要なのか。
こうした悩みを一人で抱え込むのは危険です。
事務所内で相談できる体制を整える。
マニュアルを作成する。
研修を行う。
こうした組織的な対応が重要になります。
マネロン対策は個人の勘ではなく、組織の仕組みで対応すべきテーマなのです。
電子化で求められる情報管理
電子申請が中心になることで、新たな課題も生まれます。
個人情報保護。
アクセス権限管理。
データ保存。
サイバーセキュリティ対策。
これらは税理士事務所にとって重要な経営課題になっています。
届出制度への対応は、事務所全体のデジタル管理能力を高めるきっかけにもなります。
実務で大切なのは平常時の準備
実際に疑わしい取引に遭遇する機会は多くないかもしれません。
だからこそ平常時の準備が重要です。
本人確認手続を整備する。
記録保存ルールを作る。
担当者教育を行う。
届出制度を理解する。
これらを普段から行っていれば、いざという時にも落ち着いて対応できます。
危機対応は平時の準備で決まるのです。
税理士の社会的役割は広がっている
税理士は税務申告を行う専門家です。
しかし現代ではそれだけではありません。
コンプライアンス。
情報管理。
リスク管理。
マネロン対策。
こうした分野も重要な業務になっています。
疑わしい取引の届出制度は、その象徴的な例といえるでしょう。
税理士は社会の信頼を支える重要なインフラの一部なのです。
結論
疑わしい取引の届出は、犯罪を告発するためではなく、社会全体で犯罪収益の流れを把握するための制度です。現在はe-Govを活用した電子申請が中心となり、税理士にもデジタル対応が求められています。
重要なのは制度を恐れることではなく、事前に準備し、適切な記録を残し、組織的に対応することです。これからの税理士には税務知識だけでなく、コンプライアンスと情報管理の能力も求められているのです。
参考
警察庁刑事局組織犯罪対策部組織犯罪対策第一課犯罪収益対策室(JAFIC)
「マネー・ローンダリング対策について」講義資料
警察庁刑事局組織犯罪対策部組織犯罪対策第一課犯罪収益対策室(JAFIC)
「疑わしい取引の届出方法について」補助資料